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なぜ「基礎科学」こそ、私たちの未来への最高の投資なのか

  • 執筆者の写真: Takumi Zamami
    Takumi Zamami
  • 9月30日
  • 読了時間: 3分
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私たちの身の回りにあるスマートフォンやコンピュータ、AIの基盤は、ある小さな発明から始まりました。


1947年、ベル研究所の3人の物理学者がゲルマニウムを使い「トランジスタ」を作り出したのです。これは電気信号を増幅・切り替えることができ、それまでの大きく壊れやすい真空管に代わる画期的なものでした。彼らは特定の製品を作ろうとしたわけではなく、「電子が半導体の中でどう動くのか」という基礎的な問いを追いかけた結果でした。量子力学の理論と実験の積み重ねが情報時代の扉を開いたのです。


この発明は、最初は企業秘密として扱われ、特許出願を経て1948年に発表されました。トランジスタの原理は単純で、半導体にかけるわずかな電圧で電流の流れを制御するというものです。この仕組みを無数に組み合わせることで、スマホのアプリも、パソコンの画像処理も、検索エンジンの瞬時の応答も可能になっています。やがて素材はゲルマニウムからシリコンに移り、安定性や量産性が向上。集積回路やマイクロプロセッサの誕生へとつながりました。


爪ほどの大きさの半導体チップには、今や数百億個のトランジスタが詰め込まれています。1秒間に何十億回もオン・オフを繰り返すその働きが、私たちの社会を動かしているのです。半導体産業は現在、数千億ドル規模に成長し、経済や安全保障、医療、教育に不可欠な存在となりました。しかし忘れてはならないのは、この礎を築いたのが「基礎科学への投資」であるという事実です。


トランジスタ研究の多くは、政府の資金やAT&Tの独占事業収益に支えられていました。アメリカ政府は1945年のヴァネヴァー・ブッシュの報告書「Science: The Endless Frontier」に基づき、基礎研究への長期投資を続けてきました。その成果はレーザーや原子力、医療技術、AIなど幅広い分野に波及しました。


しかし今、その基盤が揺らいでいます。米国では科学研究やSTEM教育の予算削減が進み、アメリカ国立衛生研究所(NIH)では19億ドル超の助成金が停止。NSFの教育プログラムも大幅に縮小されました。これにより大学院生の受け入れや研究機会が減り、将来の人材育成に影響が出ています。短期的な成果を重視する社会では、数十年後に花開く研究を支えるのが難しいのです。


人工知能の歴史がその典型です。1950年代、ジョン・マッカーシーが「AI」という概念を提唱し、Lisp言語を開発しました。当時は夢物語でしたが、その基盤が今日のAIにつながっています。さらに1980年代のホプフィールドの研究やヒントンの粘り強い探究が、長い低迷期を経て深層学習の時代を切り開きました。いまAIを動かすGPUも、元はゲーム用に作られた技術に基礎科学の成果が積み重なったものです。


つまり、今わたしたちが手にしているスマホやPCは、誰かが、「役に立つか分からないが知りたい」という好奇心に、資金と時間を投じてくれた結果です。次の「トランジスタ」が何であるかはまだ分かりません。量子材料か、2次元物質か、あるいは想像もできない仕組みかもしれません。しかし共通して必要なのは、基礎知識、研究資源、学際的な協力、そして未知に挑む自由と資金です。未来を切り拓くのは、目先の利益ではなく、基礎科学への勇気ある投資なのです。


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