30年前に凍結された胚から誕生した命──家族の「かたち」を変える生殖技術の進化
- Takumi Zamami
- 8月4日
- 読了時間: 3分

2025年7月26日、アメリカ・オハイオ州で「世界的に記録的な赤ちゃん」が誕生しました。
サディアス・ダニエル・ピアースくんが成長した元の胚(はい)は、実に30年半もの間、冷凍保存されていました。まさに、「世界で最も長く眠っていた赤ちゃん」と言えるでしょう。
この胚が作られたのは1994年。当時、両親となるリンジーさんとティムさんは、まだ子どもでした。その胚を提供したのはリンダ・アーチャードさんで、彼女は「まるで夢のようだ」と語っています。
この胚は、キリスト教系の「胚養子縁組」団体を通じて提供されたものでした。つまり、妊娠・出産をした両親と、遺伝的な親は別の人物ということです。
サディアスくんには、すでに30歳になる姉と10歳の姪がいます。複雑な家族構成ですが、こうした話は、現代の生殖医療技術が家族の形をいかに多様化させているかを物語っています。
実は、長期間冷凍保存された胚からの出産は、これが初めてではありません。2022年には、30年前に作られた胚から双子が誕生していますし、それ以前にも27年間保存されていた胚からの出産例があります。今回のサディアスくんが、その「最長記録」を更新したというわけです。
専門家によると、-196℃という極低温での冷凍保存によって、胚は数十年にわたり「時間を止めた状態」で保たれるそうです。そして、解凍し子宮に戻せば、健康な赤ちゃんとして成長できる。これが、今の医療技術のすごさなのです。
ですが、その一方で、世界中のクリニックには使われずに保管されたままの胚が何百万個もあるとされています。なぜ使われないのか。その理由は様々です。
たとえば、胚を作った夫婦が離婚してしまった。あるいは、年齢的に妊娠が難しくなった。リンダさんも、元々は自分で全ての胚を使うつもりでしたが、夫が大家族を望まず、結果的に残った胚を手放すことになりました。
使われなかった胚は、捨てるか、研究機関に提供するか、あるいは他のカップルに譲渡することができます。ただし、他人に譲るケースは少数派です。国によってはその選択肢すらないため、使い道がないまま保管され続けることもあります。
今回のように他人に提供する場合、子どもには法的な親が存在しますが、遺伝的な親ではありません。しかも、将来的に本当の親と出会わないまま育つケースもあります。(リンダさんは「いつかサディアスくんに会いたい」と希望しています。)
さらに最近では、DNA検査の普及により、「匿名のはずだった提供者」が特定される事例も増えています。数十年前に匿名で胚や精子を提供した人が、いまになって「知られざる家族」と出会うこともあるのです。ある男性はDNA検査で、自分に50人もの兄弟姉妹がいることを知ったと語っています。
こうした背景から、専門家は「子どもには、なるべく早く出生の経緯を伝えるべき」と助言しています。
サディアスくんの話がSNSで広まると、「年の離れた姉との関係はどうなのか」「提供による誕生は大変なのでは?」といった心配の声もありました。
ですが、研究によれば、提供された胚から生まれた子どもは、親の愛情や育児の質において問題があるというデータは見られません。心理社会的にも健全に育っていることが分かっています。
家族の形は今や実にさまざま。生殖医療の進歩は、私たちの常識を日々塗り替えています。
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