米国がmRNAワクチンに背を向ける理由
- Takumi Zamami

- 10月24日
- 読了時間: 4分

2020年、新型コロナウイルスのパンデミックが世界を覆いました。各国で学校が閉鎖され、都市はロックダウン。世界保健機関(WHO)によれば、この年だけで約300万人が命を落としました。そんな中、世界を救ったといわれるのが、mRNAワクチンです。
mRNAワクチンは、従来のワクチン開発では考えられないほど短期間で実用化されました。通常、新しい薬の開発には10年近くかかります。ところが、2020年1月に新型コロナの遺伝子配列が解読されると、わずか1年も経たないうちにファイザーやモデルナがワクチンを世に出したのです。
治験では「95%の感染予防効果」と評価され、実際に世界中で数十億回接種されました。米国政府も「Operation Warp Speed(オペレーション・ワープ・スピード)」と呼ばれる巨額の支援プログラムを立ち上げ、約180億ドルを投じて研究開発を後押ししました。結果的に、数百万単位の命が救われたと考えられています。
ところが、状況は一変します。米国の保健当局はいま、このmRNA技術から距離を置き始めています。新規の研究費は削減され、既存のプロジェクトは縮小。ついには米保健福祉省(HHS)が「mRNAワクチン開発を段階的に縮小する」と発表しました。その規模は5億ドル、日本円にして7,500億円近い資金が打ち切られるといいます。
なぜ、かつて“救世主”と称えられた技術が見放されつつあるのでしょうか。
表向きの理由は「国民の信頼を失った」ことにあります。NIH(国立衛生研究所)のJay Bhattacharya所長は、ワシントン・ポスト紙への寄稿でこう述べています。
「どれほど科学的に優れていても、人々に受け入れられなければ公衆衛生の使命を果たせない」
この“不信感”を煽ったのが、ロバート・ケネディJr.です。彼は有名な反ワクチン活動家で、SNSで根拠の乏しい主張を繰り返してきました。現在はなんとHHSのトップに就任し、「mRNAワクチンは効果がなく危険だ」と断言しています。その影響力は大きく、政治判断に直結したとみられています。
もちろん、副作用の報告は存在します。接種後の発熱や倦怠感は広く知られていますし、一部では心筋炎など深刻な副反応も確認されています。特に若い男性でのリスクが指摘され、接種者は未接種者の約2倍の発症リスクを抱えるとするデータもあります。ただし、絶対的なリスクは低く、むしろコロナ感染そのものの方が心筋炎を引き起こす可能性が高いとされます。
つまり「完全に安全」とは言えないが、「危険で使えない」わけでもないのです。科学的な評価はグレーゾーンにあり、それをどう解釈するかは政治や世論に委ねられてしまいました。
研究者たちは今回の動きを「拙速だ」と批判しています。というのも、mRNAはコロナだけでなく、インフルエンザやがん治療にも応用できると期待されているからです。
たとえばインフルエンザワクチンは、毎年「どの型が流行するか」を予測して、卵を使って製造します。準備に時間がかかり、外れることもしばしば。mRNAなら、流行株が判明した段階で迅速に対応でき、効果も高まる可能性があります。さらに「万能型ワクチン」と呼ばれる、複数の型に効く薬も研究が進んでいます。
また、mRNAは感染症だけでなく、がん免疫療法にも応用が期待されています。患者のがん細胞に合わせて「オーダーメイド治療」が可能になるかもしれないのです。実際、米国政府もmRNAを「治療薬」としての研究は続けると表明しています。
今回の問題の核心は、「科学」と「政治」のせめぎ合いにあります。パンデミックを救った革新技術が、世論と政治の圧力によって停滞する――。それはアメリカだけでなく、今後の世界の医療研究に影響を与える可能性があります。
私たちが忘れてはならないのは、この技術がすでに多くの命を救ったという事実です。副作用リスクを正しく評価しつつ、科学的成果を政治的思惑で葬り去らない仕組みづくりが求められています。
アメリカ政府の方針転換は、単にワクチンの是非にとどまらず、「科学と社会の信頼関係」を浮き彫りにしました。mRNAワクチンが未来の医療を切り拓くのか、それとも政治的対立の中で埋もれてしまうのか。今後の動きを注視する必要があります。
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