前稿で、医療は定義権がすでに国外へ移った領域だと述べた。本稿はその続編として、二つの問いに答える。定義権は測れるのか。そして、測ったとき日本にはまだ取れる席が残っているのか。あわせて、前稿に寄せられうる専門的な反論に、可能な限り正面から答える。
1 台数の掛け算では、測れない
国別の実力を測るとき、最初に思いつくのは産出量の掛け算である。人口当たりの検査数に、人口当たりのロボット手術件数を掛ける。直感的であり、データも取りやすい。
だが、この指標は定義権を測らない。検査数も手術件数も、同じ層――母集団への産出量――に属しているからである。同じものを二回掛けても、次元は変わらない。
しかも、前稿の結論とこの指標は正面から衝突する。台数を増やすことは定義権を近づけない、むしろ遠ざける。産出量の多い国は、基準線を持つ側に素材を供給している国であって、基準を書いている国ではない。この指標で日本を上位に置けば、論旨は逆立ちする。
産出量の指標を捨てる必要はない。それは素材供給量指数として独立に有効である。誰の現場が、誰の母集団を太らせているかを測る、優れた診断指標である。ただし国力の序列ではない。供給世界一という事実は、それ自体では、最大の供給元であることしか示さない。
定義権を測るには、層の違うものを掛けなければならない。

図2 素材供給と定義権──供給は増幅器であり、縦移動は横に進まない
2 四層の指数――語彙・承認・認定・レジストリ
定義権とは、良し悪しの基準を書き、書き直し続ける席の所有権である。医療において、その席は四つの層に分解できる。
第一に語彙。所見や術式や合併症を記述する言葉の発行主体である。記入項目が決まった時点で、何が「存在する情報」かが決まる。欄のないものは、どれほど重要でも記録に存在できない。
第二に承認。何をもって有効な機器・有効なアルゴリズムとみなすかの閾値を引く力である。指標は承認件数ではなく、世界の企業がどこへ承認を取りに行くかである。受験者が増えるほど、出題者の基準が事実上の世界基準になる。
第三に認定。誰がその手技を行ってよいかを決める力である。技能の認め手が、良い技能の定義者になる。発行主体が装置提供者か、学会かが指標となる。
第四にレジストリ。全症例と帰結の対応表を、悉皆で持つ力である。ただし前稿で述べたとおり、対応表を持つことと、採点基準を書くことは別である。
定義権は、和ではなく積の構造を持つ
定義権 = 語彙 × 承認 × 認定 × レジストリ。一層がゼロなら、他が満点でも総合はゼロになる。ある層の強さは他の層の弱さを補償しない。この積構造こそが、単一指標の国別比較が定義権を測り損ねる理由である。ただし積という関数形は本稿の理論上の設計であって、実証された計量モデルではない。数値化は現時点で試案に留まる。

図1 定義権の四層──採点の比喩で
3 四層で測ると、日本はこう見える
各層に公開データを当てる。
語彙――帰結は国際語、行為は国内語
画像の語彙は米国発の規格が握る。DICOMが形式を、BI-RADSをはじめとする報告分類が所見の言葉を定めている。一方、日本の手術レジストリの症例登録は、診断名にICD-10という国際語彙を採りながら、術式は外保連試案をもとにした独自の術式体系で記録している。帰結は国際語で、行為は国内語で書かれており、国外からは読めない。
そして術中の行為そのものを記述する語彙は、目下、係争中である。米国の内視鏡外科学会SAGESは、手術動画のアノテーション標準化に関する国際コンセンサスを主導してきた。2021年には時間モデル、動作とタスク、組織特性・解剖、データ構造の四つの作業部会による最初の合意を示し、2023年にはデータの利用・構造・探索・ガバナンスに関する勧告を公表している。24カ国54機関が参加するベンチマーク事業も走っている。注目すべきは、このコンセンサス形成に産業界メンバーがスポンサーシップに基づいて参加している点である。学会主宰・産業参加という共同型は、第3回で論じた単独主宰の失敗を回避する設計になっている。
術中行為の語彙は白地ではない。窓は、閉じつつある。
承認――世界が受験しに行く先
米国FDAは2025年末までに累計1,451件のAI搭載医療機器を認可し、うち放射線科が1,104件、76%を占める。2015年の6件に対し、2025年単年で295件。そして2024年の認可168件のうち、およそ58%が国外スポンサーによるものだった。
日本のメーカーも放射線AI承認45件で世界上位に入る。これは技術力の証明であると同時に、日本企業が米国当局へ「良い」を認定してもらいに行っていることの証明でもある。承認層の席は受験者側ではなく、出題者側にある。さらに承認後のモデル更新の許容範囲を事前に定めるPCCPという枠組みにより、アルゴリズムの進化の速度と方向を定義する権限までが、同じ席に集約されつつある。
認定――発行主体は誰か
日本国内では、装置提供者が2025年末までに1万1,600人へロボット支援手術の修了証を発行してきた。2026年からは学会承認のプログラムが始動しており、発行主体の重心がベンダーから学会側へ動くかが、この層の観測点になる。
レジストリ――日本だけが持つ悉皆
そして第四層で、景色が反転する。
日本のNational Clinical Database(NCD)は2011年に登録を開始し、全国約5,000施設が参加、年間およそ150万件の手術・治療が登録される。外科系専門医制度は施設会員であることを研修プログラムの必須条件とし、これが悉皆性を制度的に担保している。わが国の手術症例の95%を占めるとされる規模である。
さらに、ロボット支援手術については保険適用の施設基準と学会指針がレジストリ登録を事実上の算定条件としており、登録なしに手術を行えば保険算定要件を満たさない可能性があると学会が明記している。保険償還が登録を強制する――第4回で論じた「契約図書が正になる」構造の、医療版である。米国最大級の外科レジストリであるACS NSQIPも参加制であり、専門医制度と償還に接続された悉皆という設計は持たない。
悉皆性は、資本では複製できない。制度でしか作れない。
4 反論に答える
前稿と本稿の議論には、臨床の側から当然の反論が予想される。主要なものに、公開情報の範囲で答えておく。
「悉皆性は幻想ではないか」
層を分ければ、実態が見える。専門医制度に連動する基本登録は約95%と極めて高い。一方、臓器がん登録など詳細レジストリの悉皆性は60%程度との報告があり、登録の深さによって水準は異なる。本稿の議論が依拠するのは前者の悉皆性であり、後者の限界は認めたうえで成り立つ。
「登録データの精度は保証されているのか」
正直に書く。悉皆性は世界最高、精度保証は発展途上である。消化器外科領域ではリモート型監査が実施され、ロボット支援手術でも安全性分析のためのAudit費用が登録料に組み込まれている。だが監査率や精度検証の定量結果は公表されておらず、関係学会自身が品質保証の強化を課題として挙げている。この弱点は、後述する提言の中で正面から扱うべきものである。
「手術の質は動画で測れるのか」
この問いには、外科学の側にすでに古典的な答えがある。2013年、Birkmeyerらは外科医の技術スキルの評価と患者アウトカムの定量的な関連を示し、以後、ビデオベースの手技評価は外科の質研究の中心的手法となった。動画で質を測るという前提は、本稿の発明ではなく、臨床研究の到達点である。
「学術基盤を産業に使うのか」
最も重い反論であり、答えは否である。本稿の提言は、NCDを商用に開くことではない。逆である。術中データと帰結を結合する語彙と規格を、学会側が先に定義しなければ、その定義は装置提供者側の規格で事実上決まっていく――SAGESのコンセンサスに産業界が参加している事実は、この力学がすでに働いていることを示している。問われているのは学術の商用化ではなく、学術の主導権である。
5 残された白地――結合悉皆率
四層を並べると、日本の形は明瞭である。語彙は係争中、承認は他国の席、認定は移行期、レジストリのみ世界最高。積であるがゆえに、総合では席を持たない。
だが、この非対称な形にしか取れない席が、一つ残っている。
術中の操作データと、術後の帰結。この二つは、世界のどこでも結合されていない。体系的・標準的に術中ビデオと帰結を結びつける方法は、用語、アノテーション、データの変動性、モデリングの複雑さという課題のため、依然確立されていないと、2025年の研究も明記している。装置提供者は操作ログを持つが、帰結の悉皆レジストリを持たない。日本は帰結の悉皆を持つが、操作の記録を接続していない。
結合悉皆率――提案する単一指標(試案)
結合悉皆率 = 術中操作データと術後帰結が同一症例で結合されている件数 ÷ 当該国の年間該当手術件数。現時点で全ての国がほぼゼロであり、だからこそ勝負がつく。分母側の悉皆性を専門医制度と保険償還に接続して持つレジストリは、世界でも稀である。
第一回で述べたとおり、何を良い状態とみなすかを書ける者が勝つ。手技の良し悪しを最終的に確定させるのは、操作と帰結の対応である。その対応を制度的な悉皆性の上で測れる国は、現時点では日本のほかに見当たらない。そして日本は、まだその位置に立っていない。
6 誰が、どう取るか
三つの条件を、第3回の主宰者論から引き継ぐ。中立性、共同ガバナンス、実装能力である。
結合の規格を定義する主体は、装置提供者であってはならない。特定機種のログ形式が事実上の標準になれば、TradeLensと同じ経路をたどる。主宰者の候補は、すでに悉皆レジストリを運営し、専門医制度という中立の権威に接続された学会連合体のほかにない。NCDが実際に採っている、複数学会の共同保有という形式は、第3回で示した共同ガバナンスの条件を最初から満たしている。
装置提供者は、排除するのではなく、参加させる。SAGESが示したとおり、学会主宰・産業参加の共同型こそが規格を成立させる。実際、遠隔手術の領域では日本外科学会が2022年と2025年の二版にわたりガイドラインを策定しており、その実証研究には国産ロボット開発会社と通信各社が参加した。学会主宰・産業参加の型は、既に国内に前例がある。国産機のネットワーク基盤が取得している操作ログと術野映像は、この枠組みの中で最初の接続実証の素材になりうる。海外機についても、結合に必要な最小限の項目の出力を、レジストリ側の登録要件として定義すればよい。保険償還が登録を強制するという日本固有の構造は、この要件を通すための、他国にない経路である。
あわせて、前節で認めた精度保証の弱点を、この設計の中で同時に解く。操作データとの結合は、登録内容の照合可能性を高める。結合悉皆率の向上と登録精度の向上は、同じ投資で進む。
最後に、時間の制約を明記しておく。術中行為の語彙は係争中であり、窓は閉じつつある。語彙が他所で確定してから接続するのでは、定義は輸入品になる。分母を持つ者が、分子の規格を書く。順序はこれしかない。
7 測れる。ゆえに、取れる
定義権は抽象論ではない。四層に分解でき、各層は公開データで観測でき、そして最も重要な一層――結合――は、指標として定義できる。
測れるものは、目標にできる。目標にできるものは、取りに行ける。
日本の医療は、世界最大の装置群と、世界唯一の悉皆レジストリを持ちながら、基準線を持たない。この非対称は、恥ではなく座標である。現在地が測れた以上、あとは動くだけである。

図3 連載総括──六つの現場、二つの条件、一つの席
台数は、もう十分にある。
出典:一般社団法人National Clinical Databaseの公表資料および関係学会(日本外科学会、日本消化器外科学会、日本内視鏡外科学会、日本産科婦人科学会等)の公表資料、厚生労働科学研究成果データベース、米国FDAのAI搭載医療機器リスト(2025年末時点)に基づく各種集計、SAGESのコンセンサス勧告(2023年)、Birkmeyer et al.(2013年)、および査読済み文献・各社報道をもとにLONGNOW作成。NCDの95%は関係学会の公表に基づく水準であり、登録種別により悉皆性は異なる。数値は2026年9月時点で公表されている値である。NCDの施設数・件数はNCD自身の公表表記(約5,000以上の施設・毎年150万件近く)に基づく。本稿は公開情報に基づく構造分析であり、個別の医療機関・企業・学会の判断を評価するものではない。