最終回は介護を扱う。この領域を最後に置いたのは、五つの中で最も切迫しているからであり、同時に、この連載の問いが最も鮮明な形で残る場所だからである。
1 最も切迫し、最も記録の密な現場
厚生労働省が2024年7月に公表した推計によれば、2040年度に必要となる介護職員は約272万人。2022年度の職員数は約215万人であり、その差は約57万人にのぼる。2026年度時点でも約240万人が必要とされ、およそ25万人が不足する計算になる。2026年度の必要数を満たすには年およそ6万3,000人、その先も2040年度にかけて年およそ3万2,000人の純増を続けなければならない計算になる。
他産業も人材不足にあるなかで、この差を採用だけで埋めることは現実的ではない。導入は、効率化のためではなく事業の継続のために起きる。第一回の製造で述べた条件が、ここでは最も極端な形で現れている。
一方で、記録の密度は五領域で最も高い。介護記録、ケアプラン、アセスメント、申し送り、ヒヤリハット。一人の利用者について、一日に何度も記録が発生する。書く量では、工場も倉庫も現場に及ばない。
それでも構造化されていない。多くが自由記述であり、書き手によって粒度も語彙も変わる。密度と構造は、まったく別のものである。
2 制度は、すでに規格を用意している
ここで、多くの読者の予想を裏切る事実を挙げたい。五領域の中で、全国横断の記録規格が最も早く整ったのは介護である。
2021年度の介護報酬改定により、それまで別々に運用されてきた二つのデータベースが一本化され、科学的介護情報システム(LIFE)の運用が始まった。全国の介護施設・事業所から利用者の状態やケアの内容を収集し、分析し、各事業所へフィードバックを返す仕組みである。あわせて科学的介護推進体制加算が新設され、データの提出とフィードバックの活用によるPDCAの推進が報酬上で評価されることになった。
構造は、前回の建設と同じである。公共が規格を主宰し、契約——ここでは介護報酬——を通じて全国に通す。第三回で、規格の主宰者には中立性と共同ガバナンスが要ると述べた。介護では、その条件を満たす主体が2021年から稼働している。
しかも建設の3次元モデル標準化より早く、全国の事業所を横断したフィードバックまで実装されている。条件だけを見れば、五領域で最も先へ進んでいる。
3 それでも、正解データが貯まらない
にもかかわらず、フィジカルAIの学習素材という観点では、まだ十分ではない。第一回で製造について立てた三つの問いが、ここでそのまま戻ってくる。連載が円を閉じる場所である。
結果は残り、経緯が消える
LIFEに提出されるのは、ADL、栄養状態、口腔機能、認知症の状況といった利用者の状態である。状態の変化は測られる。だが、その変化に至る介助のやり方の差は残らない。誰が、どういう順で声をかけ、どの位置で身体を支え、何秒待ったか。記録されているのは結果であって、経緯ではない。
失敗が、記録の枠から外れる
ヒヤリハットは書かれる。だが、書かれないもののほうが多い。そして決定的なのは、うまくいった非定常に枠がないことだ。転倒しかけたが支えた。入浴を拒否されたが受け入れてもらえた。食事が進まなかったが工夫で完食できた。第一回で「非定常こそが学習素材である」と述べたが、介護における最も価値の高い非定常は、事故報告書にも状態記録にも居場所がない。
項目は、状態中心のまま
LIFEの項目は国が定義している。これは建設と同じく大きな利点である。事業者が規格を自前で作る必要がない。ただし、項目が状態を中心に構成されている限り、介助の技術そのものは永久に入ってこない。規格が存在することと、必要な項目が入っていることは、別の話である。

図 測られているのは状態であって、介助ではない
4 介護のCOGは、介助と反応の対応にある
では、この領域の産業COGはどこか。
利用者の状態データではない。それは制度によって全国から集められつつあり、集められるものはいずれ共有財になる。
重心は、介助の仕方と利用者の反応の対応関係にある。同じ移乗介助でも、声をかける順序、支える位置、待つ秒数によって結果は変わる。熟練の職員はそれを知っている。だが、その知識は状態記録には現れない。介助の側が記録されていないからである。
測られているのは結果であって、技術ではない
介護の重心は、利用者の状態ではなく、介助の仕方と反応の対応関係にある。状態データを全国から集めても、この対応は見えない。介助の側が記録されていないからである。そして介助の側こそが、五十年にわたって日本の現場に蓄積されながら、一度も構造化されなかった資産である。
第一回で、技能伝承の失敗は暗黙知を言語化して人に渡そうとしたことに起因すると述べた。介護は、その失敗が最も長く続いてきた領域である。手順書は無数にあり、研修も充実している。それでも、できる人とできない人の差は縮まらない。差があるのは手順ではなく、状況の読み取りだからである。
5 最後にして最大の難所
ここで、この連載を通じて繰り返してきた解答が、はじめて素直には適用できなくなる。
記録の主体を人から装置へ移す。第一回では、ティーチングペンダントの操作履歴を残せばよかった。第二回では、搬送ロボットがすでに全軌跡を持っていた。第四回では、施工機械が設計データに従って動いていた。いずれも、記録すべき行為の主体が装置だった。
介護は違う。記録すべき行為の主体は、人間である。装置が介助しているわけではない。
技術は近づいてはいる。見守り機器、センサー、インカムの音声、動作解析。だが、他の四領域には存在しない制約がここにある。尊厳とプライバシーである。
正直に書く。工場や倉庫で正しかった「現場の作業者が記録されていることにすら気づかない」という設計指針は、介護にはそのまま適用できない。記録される対象には利用者が含まれ、その人には自らの生活が記録されることについて説明を受け、同意する権利がある。技術的に可能であることと、行ってよいことは、この領域では明確に別である。
したがって介護における記録設計は、技術の問題である前に、合意の設計である。何を、誰のために記録し、誰が見て、何に使い、どこで消すのか。この説明ができない仕組みは、どれほど高性能でも現場に定着しない。
ただし、逆から見れば救いもある。目的が説明できるなら、介護ほど記録の意義を理解してもらいやすい現場もない。ケアの質が上がるという目的は、記録される当事者の利益と直接に一致するからである。工場の稼働率向上が作業者の利益と一致するとは限らないのとは、対照的である。
6 記録という、共通言語
もう一つ、この領域に固有の事情がある。担い手の構成である。
政府は介護報酬の引き上げとあわせ、外国人材の受け入れ要件の緩和を進めている。57万人という差を国内の採用だけで埋めることが現実的でない以上、この流れは続く。現場は、確実に多国籍になっていく。
ここで、記録の設計がまったく別の意味を持ちはじめる。
手順書と口頭の指導に依存した技能の伝達は、言語の壁の前でさらに弱くなる。日本語の微妙な言い回しに載せられた暗黙知は、渡らない。「様子を見ながら」「うまく声をかけて」といった表現は、日本語話者どうしでさえ曖昧であり、翻訳を経れば意味を失う。
一方、介助の動作と利用者の反応を対にして記録できれば、それは言語に依存しない。何をしたら何が起きたか、という形式の情報は、翻訳を必要としないからである。
第一回で、日本の技能伝承が失敗し続けた原因は、暗黙知を熟練者が言語化して人に渡すという形式そのものにあると述べた。介護では、その形式の限界が言語の壁によって一段と露わになる。裏を返せば、記録を装置へ移す動機が、五領域の中で最も強いのはこの領域である。
記録は、生産性向上の手段であると同時に、多国籍の現場を成立させるための共通言語でもある。目的が二重に立つとき、投資の説明はやさしくなる。
7 五つの現場を並べて見えること
連載を閉じるにあたり、五領域を並べ直しておきたい。
整理すると、二つの軸で説明がつく。装置が黙って記録できるか。そして、規格を主宰する者がいるか。
製造では、装置は記録できる。だが規格の主宰者はいない。物流でも装置は記録しているが、導入の速さが定義権を奪っていく。海事は記録の条件が最も恵まれているのに、当事者が多く、束ねる者がいない。建設は一品性という障害を抱えながら、公共発注者という主宰者を制度として持っている。そして介護は、主宰者も全国規格も揃っているのに、記録の主体が人間のまま残されている。
製造と介護は、両端である。製造は装置が整っていて主宰者が最後の壁であり、介護は主宰者が整っていて装置が最後の壁である。どちらも、あと一つの条件で止まっている。
そして日本にとって、この二つの条件を揃えることは、他国よりも容易であるはずだ。現場が高密度に集積し、制度が全国一律に及び、記録することへの職業的な規律が現場に根づいている。この三つが同時に成立している国は多くない。
8 連載の結論
五回を通じて、答えは一つに収斂した。
ロボットの筐体はコモディティ化する。モデルもコモディティ化する。シミュレーションによる合成データも増え続ける。それでも最後に残るのは、現場が何を記録の対象と定義し、何を良い状態とみなすかを書けるかどうかである。
これは技術投資の問題ではない。設計の意思の問題である。予算の多寡でも、企業規模でもない。どの領域であれ、三つの問いに答えられるかどうかで決まる。
第一に、貴社の現場は記録しているか。結果ではなく、経緯を。成功だけでなく、失敗と復旧を。
第二に、その記録の項目を、誰が定義しているか。定義権が外にあるなら、記録の範囲は他者の枠を出ない。
第三に、何を良い状態とみなすかを、自社の言葉で書けるか。書けない組織は、どれほどデータを蓄えても、それを使う者にはなれない。
五つの現場を歩いて確かめたのは、この三つがどこでも同じだという単純な事実である。産業が違えば障害は違う。だが問いは変わらない。
筐体もモデルも、いずれ誰の手にも入る。残るのは、現場が何を記録したかである。そして日本には、記録すべき現場が、まだ十分に残っている。
出典:厚生労働省「第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」(2024年7月公表)、および2021年度介護報酬改定における科学的介護情報システム(LIFE)ならびに関連加算に関する同省公表資料をもとにLONGNOW作成。制度の詳細および算定要件は所管省庁の公表資料を参照されたい。数値は2026年8月時点で公表されている値である。本稿の現場記述は、特定の事業者を指すものではない。