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フィジカルAI 第4回 一品の現場に、規格は通るのか ―― 同型のない領域で、比較可能性をどう取り戻すか【建設】 No Two Alike — Recovering Comparability Where Nothing Repeats

フィジカルAI 第4回 一品の現場に、規格は通るのか ―― 同型のない領域で、比較可能性をどう取り戻すか【建設】 No Two Alike — Recovering Comparability Where Nothing Repeats

 前回、海事の重心は同型船群を横断して設計と運航の対応を測るところにあると論じた。ならば建設はどうなるのか。この領域には同型がない。橋も、トンネルも、建屋も、毎回が一品である。比較の対象がなければ、良し悪しは確定しない。本連載の論理が、最も通りにくく見える領域である。

 結論から言えば、通る。しかも、五つの領域の中で最も速く通る可能性がある。

1 一品なのは成果物であって、工程ではない

 前提を一段だけ疑ってみる。建設が一品生産であることは事実だが、一品なのは何か。

 完成した構造物である。地形が違い、地盤が違い、規模が違い、用途が違う。同じものは二つとない。だが、その構造物をつくる工程はどうか。

 掘る。運ぶ。締め固める。打設する。養生する。組む。溶接する。検査する。工程は反復している。しかも、同じ会社が、同じ機械で、年に何十回も繰り返している。

 つまり、記録の単位を成果物から工程へ移せば、比較可能性は回復する。橋Aと橋Bは比べられないが、橋Aの第三径間の打設と橋Bの第五径間の打設は比べられる。前回の海事で同型船群が果たしていた役割を、建設では反復工程が果たす。

 この読み替えができるかどうかが、この領域の分岐点である。プロジェクト単位で記録している限り、データは永久に一品のまま積み上がらない。工程単位に落とした瞬間、同じ会社の中に数千件の比較可能な事例が現れる。


図 一品性は、記録の単位を変えれば消える

2 制度が、主宰者を先に決めている

 そして建設には、他の四領域にない条件がある。規格を主宰する者が、すでに決まっているのである。

 国土交通省は2024年4月、建設現場のオートメーション化を掲げる「i-Construction 2.0」を策定した。目標は明快で、最低でも2040年度までに、2023年度と比較して建設現場において3割の省人化、すなわち生産性を1.5倍以上に向上させる。背景にあるのは、担い手の減少と高齢化、そして激甚化する災害への対応である。

 すでに2023年度からは、直轄の土木業務・工事において、建設事業で取り扱う情報をデジタル化し、生産プロセス全体の効率化を図るBIM/CIMに取り組むことが原則化されている。データを活用する体制は、制度の側で先に整えられてきた。

契約図書になるということ

 最も重要なのは、次の一点である。i-Construction 2.0では、3次元モデルの標準化を進め、それを契約図書として活用するためのロードマップを策定するとされている。現時点では現場試行と制度設計の途上にあり、実現はこれからである。

 契約図書化が定着すれば、そのモデルが正となる。何を記録し、どの形式で残し、何をもって完成とみなすか。それが契約の条項として確定する。前三回で論じてきた定義権の所在が、建設では制度と契約によって定まる。

 第三回で、規格の主宰者には中立性と共同ガバナンスが要ると述べた。海運最大手が主導したプラットフォームは、参加者から競合と見なされて瓦解した。ところが公共発注者は、この二条件を制度としてはじめから備えている。荷主でも施工者でもなく、契約を通じて規格を通せる立場にある。

 五領域の中でも、規格の主宰者が発注という契約関係の中に構造として組み込まれているのは建設である。逆説的だが、最も一品性が高い領域が、最も規格の通りやすい領域でもある。

3 建設のCOGは、工程条件と出来形の対応にある

 では、その規格の上に何を積むのか。

 3次元モデルそのものではない。設計データは標準化され、形式が定まれば流通する。流通するものはコモディティ化する。

 重心は、工程条件と出来形の対応関係にある。実際の地盤の状態、当日の気象、材料のロット、機械の設定、施工の手順。それらの条件の組み合わせが、どのような出来形と、どのような不具合につながったか。この対応の履歴だけは、現場を持つ者にしか積み上がらない。


一品性は、記録の単位を変えれば消える

建設の重心は、完成した構造物ではなく、工程条件と出来形の対応関係にある。プロジェクト単位で記録する限り、事例は永久に一件ずつのままである。工程単位に落とした瞬間、同一企業の内側に数千件の比較可能な事例が生まれる。一品性は事業の性質ではなく、記録の設計から生じている。


 そしてこの対応関係は、設計データが標準化されるほど価値を増す。条件の記述形式が揃えば、企業を越えた比較も原理的には可能になるからだ。標準化は競争を消すのではない。標準化された条件の上で、誰が最も良い対応関係を蓄積したかという競争を、はじめて可視化する。

4 失敗が、制度によって残る側に回る

 第一回で、製造業は最も価値の高いデータを最も入念に捨ててきたと述べた。稼働率向上を目的とする計測系にとって、失敗と復旧はノイズだったからである。

 建設では、これが反転する可能性がある。

 i-Construction 2.0の構想には、施工不良や瑕疵があった場合に、発注元が管理する施工データを検索し、同じ施工方法や材料を用いた箇所を洗い出すという活用が含まれている。つまり、失敗の記録を活かす方向が、制度の側から示されている。品質保証と説明責任という、産業に固有の要求が、そのまま学習素材の蓄積を後押しする構図である。

 これは大きい。前三回では、失敗をどう残すかが常に最大の障害だった。誰も好んで失敗を記録しないからである。建設では、残すことが制度上の義務に近づく。

 残る問いは一つだけになる。その記録が、発注者の手元にだけ積み上がるのか、施工者の側にも積み上がるのか。

5 Root Wall――定義する者と、記録する手が、分かれている

 この領域のRoot Wallは、技術ではなく契約構造にある。

 重層下請である。記録項目を定義するのは発注者であり、それを受けて工事を管理するのは元請である。しかし実際に土を掘り、コンクリートを打ち、鉄筋を組むのは、二次三次の下請事業者である。

 第一回で、記録の主体を人から装置へ移すことが解答だと述べた。建設では、その装置すらしばしば下請が持ち込む。バックホウもクレーンも、多くは施工会社の資産ではない。記録を定義する者と、記録が発生する場所と、記録装置を所有する者が、それぞれ別の法人に属している。

 これは製造にも物流にもなかった構造である。製造では設備は自社の資産だった。物流では委託先という一者との関係だった。建設は、一つの現場の中に契約の階層がある。

静脈が、契約の段ごとに切れる

 結果として何が起きるか。Operation Loopが契約の階層ごとに分断される。下請が持つ最も一次に近い記録は、元請には要約されて渡り、発注者にはさらに要約されて渡る。段を上がるたびに経緯が落ち、結果だけが残る。第一回で論じた「結果は残り、経緯が消える」という欠落が、建設では組織間の伝達によって構造的に発生する。

 したがって建設における記録設計の要諦は、項目を増やすことではない。階層を越えて一次データがそのまま上がる経路を、契約に一本だけ通すことである。全部でなくてよい。工程条件と出来形の対応に必要な最小限の項目に絞れば、実務は回る。

6 維持管理という、第二の現場

 もう一つ、建設だけが持つ非対称性がある。時間の長さである。

 i-Construction 2.0の対象は施工に限られない。調査・測量、設計、施工、検査、そして完成後の維持管理まで、建設生産プロセスの全体が射程に入っている。この最後の一項が重要である。

 工場の設備は十年から二十年で更新される。船は二十年から三十年で解撤される。倉庫の設備はもっと短い。ところが橋梁やトンネルは、五十年、百年の単位で使われる。つまり建設には、施工時の条件と数十年後の劣化との対応関係という、他のどの領域にも存在しない長さの因果が横たわっている。

 そして現在、この対応関係を測っている主体は、事実上いない。施工した会社は引き渡した時点で関係が切れ、維持管理を担う主体は施工時の条件を持たない。前章で論じた契約階層による分断の、時間軸版である。記録は空間的にも時間的にも切れている。

 ここに、最大の未回収がある。高度成長期に整備されたインフラの更新需要が本格化する局面において、どの施工条件が何年もったのかという知見を持つ者は、まだ誰もいない。

 留保も述べておく。この因果の確定は容易ではない。数十年のあいだに交通量も気象も変わり、補修も入る。単純な相関では何も言えない。だからこそ条件の記録が要るのである。条件が残っていなければ、蓄積された経年データは解釈できない相関の山にしかならない。

 一品性は、記録の単位を変えれば解ける。だが時間の長さは解けない。解けないものに対しては、いま記録を始める以外に方法がない。二十年後に必要なデータは、二十年前に取り始めるほかないからである。

7 中小事業者にとっての意味

 なお、この議論は大手の話ではない。むしろ中小事業者にこそ効く。

 理由は二つある。第一に、規格を自前で作る必要がないからである。他の四領域では、記録の形式を自社で定義し、取引先に受け入れさせるという困難な交渉が要る。建設では、公共発注者が定めた形式に乗ればよい。標準化の負担を制度が肩代わりしている。

 第二に、反復工程の記録は規模に依存しないからである。年間の施工件数が少なくとも、同じ工程を繰り返している限り、事例は積み上がる。むしろ工種を絞っている事業者のほうが、条件のばらつきが小さく、対応関係は早く見えてくる。

 大手が総合力で優位に立つ領域ではない。特定の工種で、条件と出来形の対応を誰よりも精密に把握している事業者が、そのままフィジカルAIの学習素材を最も濃く持つ。

8 明日から着手できる三つのこと

 第一に、記録の単位をプロジェクトから工程へ移すことである。案件名で整理された記録は、案件が終われば死蔵される。工種と工程で整理し直せば、過去の全案件が横断可能な母集団になる。既存の日報や出来形管理記録を並べ替えるだけでも、最初の一歩になる。

 第二に、条件の記述を揃えることである。出来形は測られている。落ちているのは条件の側である。地盤の状態、気象、材料のロット、機械の設定。この四つを工程ごとに同じ様式で残す。四項目でよい。

 第三に、下請から一次データが直接上がる経路を、契約に一本通すことである。要約させない。工程条件と出来形の対応に必要な最小限に絞れば、現場の負担は増えない。

 同型がないことは、比較できないことを意味しない。比較の単位を、成果物から工程へ移せばよいだけである。そして建設には、その単位を制度が定義してくれるという、他の領域にない追い風がある。

 次回は介護を扱う。記録が最も密でありながら、最も構造化されていない領域で、この連載を閉じる。




出典:国土交通省「i-Construction 2.0 ~建設現場のオートメーション化~」(2024年4月)およびBIM/CIM原則適用に関する同省公表資料をもとにLONGNOW作成。制度の詳細および適用範囲は所管省庁の公表資料を参照されたい。数値および施策の記述は2026年8月時点で公表されている内容による。本稿の現場記述は、特定の企業を指すものではない。

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