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希少性工学 第3回 競合にこそ開放せよ ― 民主化を独占の手段に変える構造 ―

希少性工学 第3回 競合にこそ開放せよ ― 民主化を独占の手段に変える構造 ―

前回、我々は一つの区別に到達した。障壁の消滅を起こすことと、その利益を得ることは別々の作業である。コンテナ輸送の事例が示したのは、移動を起こすことと、移動先で対価を受け取る地位を確保することが別だという点であった。

では、後者まで設計する企業は、いったい何をしているのか。本稿の答えを先に置く。彼らは自ら障壁を取り払っている。それも、慈善のためではなく、攻撃のために。

1. 2022年11月、自社の囲いが開いた

電気自動車において、充電網は最も強力な参入障壁の一つであった。テスラは独自形状のコネクタを採用し、自社車両だけが使える急速充電網を北米全域に築いていた。他社の車は、そこに挿すことができない。これ以上ないほど明快な囲い込みである。

2022年11月、テスラはこのコネクタの仕様をNACS(North American Charging Standard)として公開した。誰でも使ってよい、と。

最も守るべき資産を手放したように見えた。だが、その後に起きたことは正反対であった。2023年5月にフォード、6月にゼネラルモーターズが採用を表明すると、流れは一気に加速する。同年6月、SAE Internationalが規格化への着手を公表し、NACSはSAE J3400として標準化の過程に入った。同年12月に技術情報報告が、翌年9月に推奨規格が、2025年5月には追加規格が発行された。2024年1月時点で、北米EV市場のほぼ全量が採用を表明している。

2026年5月時点で、この規格は米国の公共急速充電ポートの約半数、四万口を超える規模に達している。開放から3年余りで、テスラが公開した仕様が北米で広く採用される規格となった。

ここで問うべきは、この企業が何を失い、何を得たのかである。

失ったのは、自社網の排他的利用という優位であった。得たのは、北米でNACSへの移行が進み、自社の既存網を他社の車両にも活用する機会である。ただしSAE J3400は他の供給者も製造できる公開規格であり、規格改定の最終決定権をテスラが専有するわけではない。当初の仕様が広く採用されたことと、標準の定義権を独占することは別である。


開放は放棄ではなかった。競合規格の希少性を破壊する攻撃であった。

2. 工場・建設・農地で起きていた同型の運動

この構造は、電気自動車に固有のものではない。製造・建設・農業の各分野で、同じ運動が先行して起きている。ただし本稿が見るのは「いま各社がどの位置にいるか」ではない。「どうやってそこへ至ったか」という軌跡である。

工作機械の分野では、かつて装置と装置を繋ぐこと自体が希少であった。各社が独自のプロトコルを持ち、工場内の機器を連携させるには、そのつど個別の設計と調整を要した。接続という作業が、それ自体で商売として成立していたのである。ファナックはFIELD systemにおいて、他社機器の接続とコンバータの開発・販売を進めている。接続の共通化が進むほど、個別の接続作業が持っていた希少性は薄れていく。ただし接続作業がなくなったわけではなく、稼働データの帰属が1社に移ったことを示す資料もない。

建設の分野では、現場の三次元を把握することが希少であった。測量と出来高管理は熟練の技能であり、時間と人手を要した。コマツがスマートコンストラクションとしてドローン測量と三次元施工データを現場に持ち込んだとき、経験の浅い者でも現場の形状を短時間で取得できるようになった。測量の熟練は、沖仲仕の熟練と同じ道を辿った。

農業の分野では、圃場ごとの経験知が希少であった。どの区画がどう振る舞うかは、その土地を何10年も見てきた者だけが知っていた。ジョン・ディアは可変施肥と自動操舵を普及させている。経験の浅い者でも一定水準の作業が可能になる方向に働くが、個人の経験が優位でなくなったことを示す実績は、公開情報では確認できない。

三つの事例に共通するのは、いずれも大手メーカー自身が、この開放を主導したという点である。彼らは自社の顧客が持っていた困難を、自ら消しにいった。

3. 開放の正体

では、彼らは何を開放し、その結果、誰の希少性が壊れたのか。




表を縦に読むと、決定的な事実が現れる。開放された層は、いずれも開放した当人の利益源ではない。コネクタの形状で稼いでいた企業はない。装置間の配線で稼いでいた機械メーカーもない。測量作業や農家の経験知は、そもそも機械メーカーの収益ではなかった。

彼らが開けたのは、常に他者の希少性が宿っていた層である。そしてその層が消えることで生じる価値の行き先を、あらかじめ自分の側に用意していた。


開放とは、自分の希少性を捨てる行為ではない。他者の希少性を破壊する行為である。


4. 二つの失敗の型

この構造が分かると、開放をめぐる失敗が二種類に整理できる。

第一の型は、自社の利益源を開けてしまうことである。オープン化、標準化、エコシステム構築といった言葉のもとで、自社の収益が出ているまさにその層を開放してしまう。参加者は増え、称賛も得られる。しかし数年後、その層の価格は限界まで下がっている。これは戦略ではなく、緩慢な自殺である。

第二の型は、移動先に立ちながら価値を捕捉できない場合である。他者の希少性は正しく破壊し、移動先にも参加した。しかし生じた価値の相当部分を第三者に奪われることがある。

ここから、開放を戦略として成立させる条件が二つ導かれる。網羅的な条件ではなく、失敗の型から逆算した必要条件である。


条件① 開放する層が、自社の利益源でないこと。

条件② 希少性の移動先を、開放と同時に押さえていること。


この二条件を欠く開放は、いずれかの失敗型に落ちやすい。ただし二条件を満たせば成功するとは限らない。移動先に立っていても、需要・競合・契約・制度のいずれかを欠けば、対価の回収は生じないからである。開放の規模を大きくすべきかどうかは、この回収条件を確認したうえで判断される。

結語 ― CEOへのアジェンダ

御社がいま検討している開放、あるいは進行中の標準化やプラットフォーム構想について、問いは一つで足りる。


「いま開けようとしているその層は、御社の利益が出ている層か。それとも、他社の利益が出ている層か。」


前者なら、直ちに止めるべきである。後者なら、想定しているより大きく開けてよい。そして開ける前に、必ず確認すべきことがある——希少性はどこへ移るのか。その場所に、御社は立っているのか。


守るために閉じるな。奪うために開け。



出典注記

第1章のNACS/SAE J3400の規格化経緯および2026年5月時点の普及規模は、SAE Internationalの公表資料、および公的統計を引用した二次集計記事に基づく。原集計の再現は行っていない。

第2章以降の製造・建設・農業に関する記述は、各社の公開情報に基づく構造的読解である。現在進行中の事業については帰結を断定しておらず、各社の現在の市場地位を評価するものではない。本稿の数値と事実は、連載共通の参照資料一覧S15〜S23およびS54に依拠する。すべて2026年9月8日参照。


次回 第4回「なぜ核技術は民主化しなかったのか ― 希少性が動かない二つの条件」

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