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希少性工学 第4回 なぜ核技術は民主化しなかったのか ― 希少性が動かない二つの条件 ―

希少性工学 第4回 なぜ核技術は民主化しなかったのか ― 希少性が動かない二つの条件 ―

前三回、我々は希少性が移動する事例を見てきた。動力から生産設備へ、サーバーから基盤へ、荷役の熟練からターミナルへ。だが、ここで立ち止まらなければならない。

あらゆる事象を説明できる理論は、何も説明していない。第1回で述べた通り、反証条件を持たない命題は、経営判断の根拠にならない。希少性は移動するという主張が理論であるためには、移動しない場合を規定できなければならない。本稿はその条件を確定する。

1. 70年、安くならなかった技術

1954年、米国原子力委員会委員長ルイス・ストローズは、原子力による電気はいずれ計量する必要もないほど安くなるだろうと語った。この予測は、二十世紀の技術楽観を象徴する言葉として繰り返し引用されてきた。なお発言が核分裂を指したか核融合を指したかについては議論がある。

70年が過ぎた。原子力の建設費は、一部の国と時期において上昇を続けた。累積建設量が増えるほど単価が下がるという経験則が、この技術では十分に働かなかった国がある。ただしこれは世界一律の現象ではない。国と年代により傾向は異なり、標準化を進めた国では低下を示す分析もある。また建設費と発電費用、金利を含む費用と含まない費用は、区別を要する。

ここで注意すべきは、知識のほうは完全に民主化されたという事実である。核分裂の物理は教科書に書かれている。臨界の条件も、炉の基本設計も、公開された知識である。にもかかわらず、この技術は誰の手にも渡らなかった。

理由は二つある。第一に、費用が量とともに下がらない。原子炉は大量生産される製品ではなく、一基ごとに立地条件が異なる巨大土木工事である。第二に、機微な部分の拡散が制度的に抑えられている。1968年に署名開放された核拡散防止条約は、平和利用については第4条で協力を位置づけており、民生技術の移転一般を禁じてはいない。制約がかかるのは濃縮・再処理といった機微技術であり、保障措置と輸出管理がこれを担う。


知識が公開されても、実行が民主化されるとは限らない。

2. 電力 ― 同じ産業の中で、正反対のことが起きた

核技術は極端な事例だと思われるかもしれない。だが、同じ電力という産業の中で、まったく逆の現象が同時に進行している。

太陽光発電である。太陽電池モジュールの価格は、数十年にわたって大幅な低下を続けた。累積出荷量の倍増あたり約2割という学習率がしばしば引かれるが、この数値は対象期間と価格系列の取り方に依存する。また発電設備単体の費用と、蓄電・送電を含む供給費用は別である。結果として、多くの市場で太陽光は新規建設の発電源として最も安価な選択肢となり、屋根の上にまで降りてきた。発電は、民主化した。

一方、送電網の増強は発電設備ほど速く進まない。送電線は大量生産できない。用地取得と土木工事の集合体であり、一区間ごとに条件が異なる。加えて多くの地域で計画と参入は制度的に管理されている。ただし制度は国により異なり、米国では送電計画と参入条件の改革が進められている。増強の速度差は大きい。

発電が民主化した結果、希少性はどこへ移ったか。送電網へ、そして需給を調整する能力——蓄電と柔軟性——へ移った。発電設備を持つことは、もはや優位ではない。系統に繋ぐ権利と、変動を吸収する手段が希少になった。

3. 半導体 ― 設計は開き、製造は閉じた

同じ分裂が、半導体でも起きている。

設計の側は民主化した。かつてチップを作るには自社工場が必要であり、参入には巨額の設備投資を要した。設計ツールの整備と、1980年代後半以降の受託製造専業モデルの確立によって、工場を持たずにチップを設計する道が開かれた。今日、工場を持たずに設計し販売する道は広がっている。ただし設計人材、設計自動化ツール、回路資産、検証と試作の費用は依然として高く、設計が障壁でなくなったわけではない。

製造の側は、正反対に進んだ。最先端の量産にはEUV露光装置が不可欠であり、この装置を作れる企業は世界で一社しかない。オランダのASMLである。現時点で同等の装置を供給する競合は確認されていない。2025年の出荷はLow-NA機が44台、High-NA機を含むEUV全体では48台である。2026年の約65台は生産能力の目標であって出荷計画ではない。

最先端半導体の量産は、年間数十台という規模で供給される装置に依存している。この台数では量産効果が働きにくい。加えて、この装置には輸出管理が課されている。装置単価が今後も下がらないと断定はできないが、現時点で二つの条件はいずれも満たされていない。

そして最先端ノードの量産に到達している企業は、ごく少数に絞り込まれている。参入の裾野は、かつてよりはるかに狭い。設計の障壁が消えた同じ数十年間に、製造の障壁は史上最高水準へ上昇した。

4. AI ― 民主化の言説が破綻する地点

この構造を、いま最も語られている産業に当てはめる。

AIによって知能が民主化される、と言われる。第1回で述べた通り、民主化されているのは知能ではなく知的作業の実行である。そして実行の層は、たしかに二条件を満たしている。推論の単価は下がり続けている。ただしAIには用途や領域に応じた規制があり、抑止が一切ないとは言えない。

だが、この産業の利益が現に集まっている層は、実行ではない。計算資源である。そしてこの層は、いずれの条件も満たしていない。先端パッケージング、広帯域メモリ、最先端ウェハの割当——いずれも物理的な生産能力に上限があり、需要が増えても単価は下がらない。加えて、輸出管理という制度的抑止が働いている。

エヌビディアは、2000年代半ばにCUDAを公開してGPU演算の敷居を下げた。前回見た構造、すなわち他者の希少性を破壊する開放である。しかし現在この企業の利益が生じている層は、その開放された層ではなく、条件を満たさない側にある。

どちらが勝つかを本稿は論じない。論じるのは構造だけである。AI革命の民主化言説は、この地点で破綻している。安くなっているのは実行であって、利益が集まっている層ではない。

5. 二条件の定式

以上を整理すると、希少性の移動には二つの条件が必要であることが分かる。




この表から、もう一段の含意が引き出せる。二つの条件は、性質が異なる。

条件①を決めているのは物理である。大量生産できるものは安くなり、一品ごとに現場が異なるものは安くならない。これは意思では変えられない。対して条件②を決めているのは政治である。輸出管理も、地域独占も、条約も、いずれ変わりうる。


①は物理が決め、②は政治が決める。政治は変わりうるが、物理は変わらない。

ゆえに経営判断においては、①を先に見よ。


規制が緩めば動き出す層と、規制が消えても動きにくい層がある。前者は待つ価値があり、後者は待つだけでは変わりにくい。ただし物理的な制約がある層でも、設計・工程・標準化・代替技術によって費用は変わりうる。二つの条件は判定の出発点であって、それだけで結論を出せるものではない。

結語 ― CEOへのアジェンダ

多くの経営計画には、暗黙の前提が置かれている。いまは高いが、いずれ安くなるだろう、という前提である。技術の歴史がそう教えてきたからだ。

だが本稿が見た通り、それは半分しか正しくない。安くなる層と、70年経っても安くならない層がある。両者を分けるのは、技術の新しさでも、投資の規模でもない。累積量とともに単価が下がる構造を持っているかどうかである。


「御社が『いずれ安くなる』と見込んでいるそのコストは、累積量とともに下がる種類のものか。それとも、物理と制度が下限を決めているものか。」


後者であれば、待つのをやめ、その層を押さえにいくか、その層を必要としない構造へ移るか、いずれかを選ばねばならない。安くなるのを待つという第三の選択肢は、存在しない。


すべてが安くなるわけではない。安くならない層を見極めよ。



出典注記

ストローズの発言は1954年9月、全米科学記者協会における講演による。原子力の建設費推移および太陽光モジュールの価格逓減率は、公開された産業統計および学術研究に基づく一般的知見であり、本稿は個別の推計値を主張しない。

EUV露光装置の出荷台数(2025年実績・2026年計画)およびHigh NA機の価格水準は、ASMLの公表資料および報道に基づく。

半導体およびAIに関する記述は各社の公開情報に基づく構造的読解である。現在進行中の競争については帰結を断定しておらず、各社の優劣を評価するものではない。本稿の数値と事実は、連載共通の参照資料一覧S24〜S34に依拠する。すべて2026年9月8日参照。


次回 第5回「作れることは、もはや希少ではない ― 実行が安くなった産業の10年後」

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