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LCV工学編 第11回 なぜ、掛け算だと言い張るのか ―― 計器としてのLCV、そして連載の総括

LCV工学編 第11回 なぜ、掛け算だと言い張るのか ―― 計器としてのLCV、そして連載の総括

今治のタオル産地は、輸入品の攻勢でピーク比8割減まで縮小した。2006年以降の再ブランド化で産地は再生するが、その核心は意匠でも広告でもなかった。「5秒ルール」である。タオル片を水に浮かべ、5秒以内に沈むかどうか。それだけだ。

吸水性という曖昧で語りにくい品質が、誰でも検証できる単純な計測式に置き換えられた。そして産地全体の行動が変わった。設備投資も工程改善も、同じ方向を向き始めた。

多くの人はこれを「わかりやすい基準を作ったブランディングの成功例」と読む。その読み方は、間違ってはいない。だが浅い。あらゆる組織は、計測するものに向かって変形する。5秒ルールが変えたのは認識ではない。行動だ。計測式が、産地の設計図として機能したのである。

この連載が使ってきた式を、問い直す

LCV = A × B × C。10回にわたってこの式を使ってきた。だが実務の財務計算では、A・B・Cをそれぞれ現在価値に換算した上で加算し、総額を出す。第1回で釘を刺した通り、案件をまたぐ合計もΣだ。乗算が成立するのは単一資産の内部だけである。

ならば、なぜ掛け算だと言い張るのか。

二層で書いているからだ。加算式は、正しい計算式である。乗法式は、正しい統治装置である。

加算で書けば、「Aを伸ばせばよい」という行動が許される。BとCがゼロでも、合計は正の値になるからだ。乗法で書けば、ゼロ項が全体を殺す。この表記は財務的には厳密でないが、行動的には正確である。LCVの式は、現実を記述する道具であると同時に、組織を変形させる装置だ。5秒ルールと、同じ機能を担っている。

LCVの乗法表記は、財務計算の近似ではない。組織を変形させるための、計器の設計である。


10回、同じ話をしていた ―― 空欄の話である

第1回、Cの欄が空白なら、ゼロと置いて掛け算をしている。第2回、感応度第1位の採択率に、責任者の欄がない。第3回、受注判断書にB値・C値の欄がない。第7回、稟議書に「見送った場合のNPV」の欄がない。

毎回、同じ話をしていた。問題は計算能力ではない。欄がないことだ。欄がなければ、その変数は存在しないのと同じであり、存在しない変数は、誰の責任にもならない。そして誰の責任でもない変数は、必ずゼロになる。

LCV工学とは、欄を作る工学である。

計器を持つ者への、二つの警告

第一の警告。組織は計測するものに向かって変形するのだから、誤った計器は組織を誤った方向へ変形させる。稼働率だけを測る宿が値引きへ収斂していったように(第4回)、単年度の受注量だけを測る事業は静脈を捨てる。計器の設計は、行動の設計と同義である。何を測らないと決めるかは、何を測ると決めるのと同じだけ重い。

第二の警告。計器は、現実を写す鏡であって、現実を装う道具ではない。粉飾されたLCVは、その数字が崩れるだけでは済まない。数字を出した組織の信用ごと崩れる。市場は、真正性の検定装置だ。

最後の問い

御社が来期から新たに測り始める指標を、一つだけ選べるとしたら、何を選ぶか。その指標に向かって、御社の組織は変形していく。数年後の御社の姿は、その一つの選択がかなりの部分を決める。

それでよいか。この問いに即答できるなら、この連載はもう必要ない。

掛け算だと言い張るのは、ゼロを見逃さないためである。


LCV工学編 ―― 全11回

第1回 足し算に見えて、掛け算である ― 汎用エンジンが暴くC係数の正体

第2回 技術は完成した。誰も契約しなかった ― 感応度分析の第1位

第3回 80%は、いつ決まっているのか ― フロントローディングと可逆性

第4回 資産を四十年かけて作り、商品は最後に出した ― 時間資本

第5回 27%は、作業の値段ではない ― 静脈優先原則

第6回 標準化は、資本コストに効く ― 標準化乗数のB側

第7回 「何もしない」をゼロと置く誤り ― 見えない損失のNPV

第8回 還流には、照準器が要る ― データ還流原則

第9回 最も稼ぐのは、最も安い製品かもしれない ― ポートフォリオLCV

第10回 自社が延ばせる時間と、他社が縮めてくる時間 ― 二つの時間軸変数

第11回 なぜ、掛け算だと言い張るのか ― 計器としてのLCV(本稿)


今治タオル産地の再生および品質基準に関する記述は、今治タオル工業組合の公開情報および公開報道に基づく。LCVの乗法構造と財務計算の二層関係については、LONGNOW産業OS理論書 第5章・第16章を参照。

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