LONGNOW Business Review | 特別連載「勝敗の構造」最終回
熟練は、使うほど減る
― 消尽と再生産 ―
第1回は、自らの限界を確定する能力について述べた。第2回は、隠すことで成立している優位の脆さについて述べた。最終回の主題は、何を数えるかである。
1. 開戦時、日本の搭乗員は世界最高水準だった
これは修辞ではない。長い訓練期間と実戦経験に裏打ちされた練度は、当時の水準として突出していた。少数精鋭の思想が、そのまま資産になっていた。
だがこの資産には、決定的な性質があった。使うほど減る、という性質である。
出撃するたびに、一定の割合が失われる。そして養成には年単位の時間がかかる。少数精鋭であるということは、補充の速度が構造的に遅いということでもあった。
2. 消耗が始まってから、機構は作れない
ミッドウェーからソロモンに至る消耗戦において、日本海軍は熟練搭乗員を継続的に失っていった。そして失われた練度は、戦争を通じて回復していない。
ここで両軍の対応が分かれる。米国は、実戦経験を積んだ搭乗員を一定期間で前線から引き上げ、訓練部隊の教官として再配置した。日本は、熟練者を前線に置き続けた。
短期的には、後者のほうが強い。最も練度の高い者が、最前線で戦うのだから。しかし長期的には決定的な差が生じる。前者は熟練を再生産の原資に転換し、後者は熟練を消費し切ったからである。
優位を行使に使い切るか、再生産に回すか。この一つの選択が、数年後の戦力を決めた。
3. 使うほど減る資産と、使うほど増える資産
ここに、経営にとって最も重要な区別がある。事業活動は、性質の異なる二種類の資産に、同時に、逆向きに作用する。

一回の出撃は、練度を消費すると同時に、戦訓を生む。一隻の建造は、技能を摩耗させると同時に、実績を積む。同じ活動が、両方に作用している。問題は、どちらを数えているかである。
そして最後の行が、この問題を難しくしている。減るほうは数えやすく、増えるほうは数えにくい。稼働率も、生産性も、熟練度も、測定できる。蓄積された履歴の価値は、測定しにくい。
4. 点を守り、線を失う
同じ構造は、資源についても現れた。
日本は資源地帯を占領した。しかし資源は、運ばれなければ資源ではない。潜水艦による通商破壊によって商船隊の大半が失われたとき、占領地は資産としての意味を失った。
占領した面積は数えられていた。面積と生産地を結ぶ線が数えられていなかった。点を守っても、線を失えば点は無価値になる。
これもまた、数える対象の問題である。目に見える面積は数えやすく、輸送という機能は数えにくい。
5. 経営における同型
「うちのベテランは他社の追随を許さない」――この言葉が発せられるとき、語られているのは使うほど減る資産である。そして厄介なことに、減っていく過程を誰も見ていない。ベテランは今日も出社しているからである。
同じ組織が、同時に、使うほど増える資産も生んでいる。手順が記録されれば、判断が言語化されれば、実績が蓄積されれば、それらは減らない。人が去っても残る。
個人の熟練は使うほど減り、記録された履歴は使うほど増える。同じ一日の仕事が、両方を動かしている。
にもかかわらず、多くの組織が前者だけを数え、前者だけに依存している。そして前者が尽きたとき、後者は蓄積されていない。
6. 数える対象が、戦略を決める
なぜこうなるのか。人は、評価される対象に対してのみ行動するからである。
艦の数を数える組織は、艦を守る。補充の速度を数える組織は、養成に投資する。指標が戦略を規定するのであって、その逆ではない。
戦略が変わらないのは、多くの場合、戦略が誤っているからではない。数えている数字が変わっていないからである。
結語 ― 連載を閉じるにあたって
三回にわたって確認してきたことを、一行ずつに畳む。

三つに共通することがある。いずれも、敵についての問いではない。自らについての問いである。
勝敗を分けたのは、相手をどれだけ知っていたかではなかった。自分をどれだけ正確に記述できたか、自分の優位が何によって成立しているかを理解していたか、そして自分が何を数えているかを自覚していたか。この三点であった。
「御社が毎月数えている数字は、使うほど減るものか。それとも、増えるものか。」
減るものだけを数えている組織は、優位が失われていく過程を、最後まで指標の上で見ることができない。
使うほど減るものを数えるな。
出典注記
開戦時における日本海軍航空搭乗員の練度、消耗戦を通じた練度の低下、米国における実戦経験者の訓練部隊への再配置、および通商破壊による日本商船隊の損失は、いずれも公表された歴史研究に依拠する。個々の損失規模については研究により幅があるため、本稿では定量値を扱わない。
本稿は歴史的事実を経営構造の分析素材として用いるものであり、当時の政治的・軍事的判断の当否を論じるものではない。
特別連載「勝敗の構造」 全三回 完
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