Research

【特別連載】「勝敗の構造」第1回:「いま勝てない」と書けた側が勝った

【特別連載】「勝敗の構造」第1回:「いま勝てない」と書けた側が勝った

LONGNOW Business Review | 特別連載「勝敗の構造」第1回



「いま勝てない」と書けた側が勝った

― 自己定義という希少性 ―


一九四一年、米国の工業生産力は日本を大きく上回っていた。鉄鋼も、石油も、造船能力も、比較にならない差があった。

ならば問いたい。圧倒的な物量を持つ側が、なぜ詳細な計画を必要としたのか。作れるものを作り、送れるだけ送ればよかったのではないか。

この問いに答えることが、本連載の出発点である。


1. 豊富なものは、希少ではない

経営における最も高価な誤りは、豊富なものに投資することである。そして人は、かつて希少だったものを、いつまでも希少だと思い込む。

希少性は移動する。ある層で誰でも手に入るようになった瞬間、価値は隣の層へ移る。移動に気づかず、かつて希少だった層に投資し続ける組織が、負ける

この視点を一九四一年に当てると、直ちに一つのことが分かる。米国にとって、工業生産力はもはや希少ではなかった。差がついていたのは、そこではない。


希少だったのは、生産する力ではない。どれだけ必要かを、事前に確定する力である。


2. ルーズベルトが出したのは、生産命令ではなかった

一九四一年六月、米国がまだ参戦していない時点で、ルーズベルト大統領は陸軍幹部に一つの指示を出した。枢軸国と戦争になった場合の、詳細な兵站計画を提出せよ、というものである。

これは生産の命令ではない。算定の命令である。

提出された計画――後にビクトリープランと呼ばれるもの――は、敵がどのような戦略を採るかという分析から始まる。そのうえで、勝つためにはどれだけの兵員、武器弾薬、物資を、どこに投入する必要があるのかを積み上げる。必要な物資は国内で調達できるのか。生産にはどれだけの期間がかかるのか。輸送には何隻の船が要るのか。一つひとつが見積もられている。

結論は二段であった。第一に、連合国が枢軸国に勝つことは可能である。第二に、必要な物資が揃うのは一九四三年の半ばであり、攻勢をかけられるのはそれ以降である


3. これは、敵についての記述ではない

ここが決定的である。

「一九四三年半ばまで攻勢は不可能」という一文は、敵の強さについて述べたものではない。自軍がいま何をできて、何をできないかについての記述である。

情報を集めることと、自らの現在地を確定することは、別の作業である。前者は接触すれば得られる。後者は、集めた情報を「我々はここにいる」という確定的な記述へ変換しなければ得られない。

そしてこの変換ができた側は、待つことができた。できなかった側は、待つべきかどうかを判断する材料そのものを持たなかった。


4. 日本にも、分析はあった

誤解されやすい点を確認しておきたい。日本側に分析能力が欠けていたわけではない。

一九四〇年、内閣直属の機関として総力戦研究所が設置された。各省庁・軍・民間から集められた三十名ほどの研究生が、翌一九四一年の夏、模擬内閣を組織して日米開戦の図上演習を行っている。

結論は明快であった。緒戦は優勢に進むが、長期戦において国力が尽き、日本は敗れる。この結論は同年八月末、首相官邸において首相・陸相らを前に報告されている。


分析はあった。上申もされた。そして、決定の前提にはならなかった。


5. 問題は、書けなかったことではない

ここで問いを立て直さなければならない。なぜ書けなかったのか、ではない。書かれたものが、なぜ使われなかったのか、である。

自己定義は、作成されるだけでは機能しない。受理されなければならない

ビクトリープランが優れていたのは、精密さではない。書かれたことでもない。書かれた結論が受理され、その通りに待たれたことである。

同じ性質の文書が、一方では作戦計画の前提となり、他方では演習の産物として脇に置かれた。差は分析の質にはない。受理の機構にある。


自己定義は、作成の問題ではなく、受理の問題である。

「机上の空論である」と退けることは、いつでもできる。


なぜ受理が困難なのか。受理は、それまでの決定が誤りであったと認めることを含むからである。決定を下した者が受理の主体でもあるとき、受理は自己否定となる。

したがって、これは担当者を替えても解決しない。受理する主体を、決定した主体から分離する設計が要る。


6. 経営における同型

この構造は戦時に固有のものではない。今日の企業において、より頻繁に観察される。

価値が生まれる順序には、四つの段がある。



日本の戦争計画が落ちたのは②である。そして②で止まっている企業は、極めて多い。現場は問題を知っている。会議でも話題になる。それでも「我が社はいま、この水準にある」という確定した記述が存在しない。

その状態で立てられた計画は、願望と区別がつかない。「全社一丸となって」という言葉が計画書に現れるとき、それは八十年前と同じ場所に立っている。


結語 ― CEOへのアジェンダ

御社の組織において、次の文書は上申されうるだろうか。


「現在の体制では、この目標は達成できません。達成可能になるのは、これこれの条件が揃う時点です。」


この文書が上がってこないのであれば、理由は二つに一つである。本当に問題がないか、書いた者が不利益を被る構造になっているか。前者であることは、まずない。

そして問いはもう一段ある。その文書が上がってきたとき、御社はそれを決定の前提にできるか。「机上の空論だ」と退ける言葉は、いつでも用意できる。八十年前もそうであった。

ビクトリープランが優れていたのは、精密さではない。「いま勝てない」と書かれ、それが受理され、その通りに待たれたことである。物量ではなく、この一点が勝敗を分けた。


自らの限界を書けない組織は、限界に達したことも分からない。




出典注記

ビクトリープランの成立経緯(一九四一年六月のルーズベルト大統領による指示、必要量の積算手順、一九四三年半ばという結論)、および総力戦研究所の設置と一九四一年夏の図上演習に関する記述は、いずれも公表された歴史研究に依拠する。報告会における個々の発言については諸説があるため、本稿では扱わない。

本稿は歴史的事実を経営構造の分析素材として用いるものであり、当時の政治的判断の当否を論じるものではない。




次回 第2回「五千キロの壁は、なぜ守れなかったのか ― 情報という統制」


最新記事

すべて表示

Luxury Hospitality

【Luxury Hospitality Series: コラム④ NAMI TCG Diagnostic 解説篇】

Luxury Hospitality Series | コラム④ NAMI TCG Diagnostic 解説篇 時間資本の鉱脈 ―― 日本の旅館に眠る、換金されていない資産の正体 Time Capital Mine: The Unmined Wealth Sleeping Inside Japan

6 min

Luxury Hospitality

【Luxury Hospitality Series: コラム③ 日本事例篇】「泊まれない宿」が証明すること ―― 日本の温泉旅館に見る時間資本の本質

Luxury Hospitality Series | コラム③ 日本事例篇 「泊まれない宿」が証明すること ―― 日本の温泉旅館に見る時間資本の本質 What 'Impossible to Book' Inns Prove About Time Capital 執筆:加登吉邦 一泊の予約のために、

5 min

Luxury Hospitality

【Luxury Hospitality Series: コラム② 理論深化篇】価格は文脈が正当化する ―― 時間資本という最強の参入障壁

Luxury Hospitality Series | コラム② 理論深化篇 価格は文脈が正当化する ―― 時間資本という最強の参入障壁 Time Capital: The Moat That Money Alone Cannot Build 執筆:加登吉邦 規制は政府が作り、地形は自然が作る。しか

4 min