Human health

下水サーベイランスで麻疹を追え――米公衆衛生の新たなデータ戦略

下水サーベイランスで麻疹を追え――米公衆衛生の新たなデータ戦略

米国ではしか(麻疹)の感染が急速に拡大しており、2025年1月以降の感染者数は2,500人を超え、3名の死者も報告されている。ワクチン接種率の低下を背景に、米国はWHO(世界保健機関)による「はしか排除国」の認定を取り消される危機に瀕している。こうしたなか、公衆衛生の新たな防衛策として「下水サーベイランス」の実用性が注目されているが、なぜ下水が感染対策の切り札となり得るのか、その理由は下水そのものの性質にある。

結局のところ、下水には唾液、尿、便、剥がれ落ちた皮膚などが含まれており、これを都市全体から集められた「豊富な生物学的サンプル」の宝庫と見なすことができる。はしかウイルスもまた、感染者の尿などを通じて下水に排出される。Emory UniversityのMarlene Wolfe氏とStanford UniversityのAlexandria Boehm氏らの研究チームは、この特性に着目してはしかウイルスのRNAを特定する検査法を開発し、2024年12月から2025年5月にかけてテキサス州の2つの下水処理場で大規模な試験運用を行った。

Wolfe氏らのチームは、各現場で週に2~3回という高頻度でサンプルを採取し、徹底的なモニタリングを実施した。その結果、期間中に収集したサンプルの10.5%からはしかRNAを検出することに成功している。ビジネスや行政の意思決定において特筆すべきは、その「即時性」だ。この調査では、最初の陽性反応が、その地域で公式に感染者が確認される「1週間前」に検出されていた。これは、下水監視が臨床診断よりも早い段階でアウトブレイクの予兆を捉え、公衆衛生当局が対策を講じるための貴重なリードタイムを確保できることを示唆している。

こうした成果は、すでに実社会でのアクションに結びついている。Wolfe氏は、「公衆衛生局がこのデータに基づいて行動するのを見てきました」と語る。実際に、下水データからの早期検知を受けて地域住民へ警報を出したり、ワクチン接種活動を強化したりする事例が出始めているのだ。かつては実験的な試みであった下水サーベイランスだが、今では行政や臨床医、そして家族が、自分たちや地域社会の安全を守るために活用する実用的な情報インフラとしての地位を確立しつつある。

元記事はこちら

MIT Technology Review

Measles is surging in the US. Wastewater tracking could help.

関連記事

Climate change and energy

ケニアで始まった「グレート・カーボン・バレー」構想――地熱を使ったCO₂回収は現実解になり得るのか

ケニア中部のナイバシャ湖周辺は、地熱資源が豊富な大地溝帯の一角であり、複数の地熱発電所が国内電力の約4分の1を生み出している一方で、余剰エネルギーが十分に活用されていない。スタートアップのOctavia Carbonは、この余剰地熱を使って大気中から二酸化炭素(CO₂)を直接回収するDAC(Dire

2 min
Climate change and energy/Business/Science

Climate change and energy

バングラデシュ縫製業のグリーン化:世界一の「環境先進国」への飛躍と、置き去りにされる労働問題

バングラデシュのダッカを流れるブリガンガ川では、繊維生産によってもたらされた染料、化学薬品、そして鉛やカドミウムなどの重金属による汚染が常態化している。これは、バングラデシュの縫製部門がもたらす多くの害悪の一つに過ぎない。2013年に起きた大惨事 — 8階建ての縫製工場ビル「ラナ・プラザ」が崩壊し、

3 min
Climate change and energy/Human health/Science/Politics/Business

Climate change and energy

「空気から水を作り出す」技術への挑戦――ノーベル賞化学者が描く未来

2025年10月にノーベル化学賞を受賞したOmar Yaghi氏が、スタートアップ企業「Atoco」を通じて、乾燥した大気から飲料水を生成する革新的なビジネスに挑んでいます。その技術は、映画『スター・ウォーズ』でルーク・スカイウォーカーが乾燥した惑星タトゥイーンにて「水分凝結機」を使い、大気中から水

2 min
Climate change and energy/Science/Human health/Business

最新記事

すべて表示

Climate change and energy

ノルウェーが挑む世界最長・最深の海底道路トンネル「ログファスト」の全貌

ノルウェーで現在建設が進められている「Rogfast」は、完成すれば世界最長かつ最深の海底道路トンネルとなる前例のない巨大インフラプロジェクト。2029年の貫通を目指し、南北両端から数センチの誤差を保ちながら同時に掘削が進められており、この高度な技術力には日本を含む各国関係者も高い関心を寄せている。

3 min
Climate change and energy

Business

ニューヨーク州の大型送電線プロジェクト、初期トラブルと気候リスクに直面

ニューヨーク州の電力網再構築と脱炭素化の鍵として期待される北米最長の地下送電線「Champlain Hudson Power Express(CHPE)」が、本格稼働を前に課題に直面している。

2 min
Business/Climate change and energy

Artificial intelligence

AIは本当に仕事を奪うのか? データが示す労働市場の現在地

AIがホワイトカラーの仕事を奪うという懸念が広がっているが、現時点の労働市場のデータは「大規模な雇用の喪失は起きていない」と示している。今後の急激な変化の可能性は否定できないものの、データに基づく冷静な現状分析と、来るべき移行期への備えが求められている。 ■ 「AIによる雇用崩壊」はデータで裏付けら

2 min
Artificial intelligence/Business