Children’s Hospital of Philadelphia(CHOP)のバイオインフォマティクス部門ディレクターである Deanne Taylor 氏は、これまで成人中心であった医学研究の枠組みを刷新し、小児に特化した細胞レベルのデータ基盤構築を主導している。2017年、人体の全細胞をマッピングする「Human Cell Atlas」構想において小児が対象外であることに危機感を抱いた同氏は、子どもは「小さな大人」ではなく、遺伝子発現のメカニズムが根本的に異なることを指摘した。この違いを無視することは、小児に対する薬剤の有効性を見誤り、致命的な副作用を引き起こすリスクがあるとして、小児医療研究への投資拡大に向けたキャンペーンを展開した。
Taylor 氏の継続的な働きかけは実を結び、2021年には NIH から3850万ドルの助成金を獲得、「dGTEx(Developmental Genotype-Tissue Expression Project)」という大規模な取り組みが始動した。本プロジェクトは、献体された健康な小児組織における遺伝子発現のベースラインとなる、初の包括的データベースの構築を目指すものである。小児の各器官において約2万の遺伝子がどのように機能しているかを分子レベルでマッピングすることで、正常な発達過程の理解だけでなく、小児特有の疾患メカニズムや適切な治療法の確立に向けた大きな前進となる。
この国際的かつ学際的なプロジェクトにおいて、Taylor 氏は多様な組織や専門家をつなぐ中核的な調整役を担っている。サンプルの採取を担う非営利団体、品質を評価する病理学者、そして遺伝子発現の解析を行う Broad Institute など、異なる目標を持つ多数のステークホルダーをまとめ上げる高度なマネジメント力を発揮している。限られた組織サンプルの配分といった複雑な利害調整を含め、同氏の主導によって統合されたデータは、最終的に Human Cell Atlas の小児部門へと組み込まれる。
健康な小児の細胞ベースラインが確立されることで、医療分野にもたらされるインパクトは計り知れない。疾患のバイオマーカー発見や新たな創薬ターゲットの特定が加速するだけでなく、将来の成人疾患の兆候を小児期に遡って特定できる可能性も浮上している。これにより、慢性疾患が表面化する何年も前に早期介入を行うという、画期的な予防医療の実現が期待される。Taylor 氏のビッグデータを駆使した取り組みは、医療界における小児科学の捉え方そのものを根本から変革しようとしている。
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