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【連載「何を数えるか」:第4回】持っていても、効かない

【連載「何を数えるか」:第4回】持っていても、効かない

LONGNOW Business Review | 連載「何を数えるか」 第4回



持っていても、効かない

― 三つの問いを通過する優位について ―


日本は、ヨウ素の埋蔵量で世界一である。産出量でも世界二位、シェアはおよそ三割。一位のチリと合わせて、世界のほぼ全量をこの二国が供給している。

そしてヨウ素は、いま各国が量産を競う次世代型太陽電池――ペロブスカイト太陽電池――の発電層に欠かせない。代替はきかない。バンドギャップの最適化に必須だからである。

これ以上ないほど良い条件に見える。資源エネルギー庁も、この元素の国内シェアを、サプライチェーンを他国に頼らずに確保できる経済安全保障上の強みとして挙げている。

ところが、この優位はおそらく何も生まない。

破れない優位を持っていながら、何も生まないという状態が存在する。本稿が扱うのは、この一点である。

前三稿では、優位がいつまで持つかを問うてきた。年齢を問い、抑止を問い、上位層の生成を問う。三つの問いを立てた。そして、ヨウ素はその三つをすべて通過してしまう。合格し、なお何も生まない。ここに枠組みの穴がある。

結論を先に置く。破れないことと、効いていることは別である


0. 本稿が主張しないこと、および利害の開示


本稿は、特定企業の経営判断の当否を論じない。政策の当否も、政権の評価も論じない。また、別の判断があれば異なる結果になったという反実仮想を書かない。

前二稿と同様、本稿は実在の国と企業を事例として挙げる。いずれも公表資料および報道で確認できる事実に基づく。挙げるのは構造を説明するためであり、当事者の経営判断や政策判断を評価するためではない。

第7章で造船に触れるため、前稿と同じ開示を繰り返す。弊社の主要なクライアントの一つは造船会社である。したがって当該章は、利害関係者による発言である。この位置は隠せない。そのうえで、特定の造船企業には一切言及しない。加えて、具体的にどの機器・どの材料が候補になるかにも立ち入らない。理由は第7章末に記す。


1. 三つの問いを通過する優位がある


まず、これまでの三つの問いを並べておく。

三問すべて合格である。枠組みの上では、これは「残っている、破れない優位」に分類される。

にもかかわらず、である。複数テラワット級の生産を想定してペロブスカイト太陽電池の資源制約を評価した研究は、ヨウ素の供給は海水や海藻からの回収を含めて拡張可能だと見ている。危機的な水準に達するのは、むしろ電極側の材料である。電極に用いる銀、そして透明電極に用いるインジウム。とりわけ後者は、1テラワット分の製造に現行年産の数倍を要するという試算があり、ヨウ素とは桁が違う。

日本が世界一の埋蔵量を持つ元素は、産業の詰まりどころではない。産出国であることは、価格の決定権にも、規格の決定権にも直結していない。

なお、銀については付記しておくべきことがある。2025年から2026年にかけて価格が急騰した結果、銅への置換が一年のうちに動き出した。研究機関は使用量を10分の1に減らす工程を示し、大手メーカーは銅を用いたセルの量産開始を表明している。制約は、解消へ向かいつつある。

この経緯自体が、本稿の主題を裏づけている。一年で回避された制約は、生産規模の天井ではない。価格の事件である。次章で述べる通り、代替のある制約は、律速ではない

破れない。代替できない。そして、効かない。


2. 律速命題


三つの問いは、いずれも寿命を問うている。寿命があるかぎり優位は残る、という前提が置かれている。この前提が誤りである。


【律速命題】

優位の価値は、その希少性の寿命と、それが産業の律速段階にあるか否かの積である。両者は独立に決まる。ゆえに、破れない優位を保有していても、それが律速でなければ定義権は発生しない。保有量は、律速性を表示しない。


最後の一文が、計器の問題である。埋蔵量も、産出シェアも、可採年数も、いずれも保有を測る指標であって、律速性を測らない。そして保有を測る指標は、保有している者にとって心地よい。


3. 律速は何によって実装されるか ― 2019年の自然実験


では、何が律速性を決めるのか。物性か、量か、それとも別の何かか。

この問いに、稀有な自然実験が答えを与えている。

2019年7月、日本政府は韓国向けの輸出管理の運用を見直し、半導体製造に用いる三つの材料――フッ化水素、フォトレジスト、フッ化ポリイミド――を包括許可から個別許可へ切り替えた。いずれも日本メーカーが世界シェアの大半を握る材料である。フォトレジストではJSRと東京応化工業を筆頭に日本勢五社で約九割を占める。

実験としての条件が揃っている。同一の政策、同一の相手国、同一の顧客、三品目に同時。買い手はサムスン電子とSKハイニックスであり、韓国政府はこれを受けて素材・部品の国産化に巨額の予算を投じた。7年で7兆ウォン規模、百品目。予算配分の前提は三品目に共通である。

結果は分かれた。

同じ「素材」でありながら、片方は消え、二つは残った。同じ予算、同じ意志、同じ期限である。素材であることは、説明にならない

差は、公表資料の中に明記されている。レジストについては、製造に長年の蓄積を要することに加え、採用後に代替品へ変更するには工程を再検証しなければならない、と説明されている。切り替えを決めた瞬間に、サムスン電子とSKハイニックスの側が再検証の費用を負う。切り替えの費用を、供給者ではなく顧客が払う構造になっている。

一方、純度で買われるものは、純度で追いつかれる。


律速は、素材の物性によってではなく、切り替えに要する再認定費用によって実装される。


この帰結は、第一稿の五類型に影響する。再認定費用は自然の制約ではない。顧客の工程履歴の蓄積が生むものである。すなわち――素材の強さの正体は、破れない物理型ではなく、形成に時間を要する合意型である。物理型に見えていたものが、実は合意型であった。


4. 素材位置命題と、一行検査



【素材位置命題】

素材産業が優位を保持するのは、素材であるからではない。顧客の工程規格の中に自らが変数として書き込まれ、切替が顧客側に再認定費用を発生させる場合に限る。この条件を欠く素材は、純度と原価で競争し、必ず移動する。


この命題は、一行の検査に落ちる。


その材料を他社品に切り替えるとき、費用を払うのは誰か。

顧客が払う(再認定・再検証)ならば、定義権は素材側にある。供給者が払う(値引き・仕様追随)ならば、定義権は完成品側にある。


この検査は、失敗事例だけでなく、成功している提携にも当てられる。

ユニクロを展開するファーストリテイリングと東レは、2006年から戦略的パートナーシップを結んでいる。5年を一期として更新され、第一期の累計取引額は約2,500億円、第二期は約6,000億円、第三期は5年で1兆円規模へ拡大した。2026年からの第五期も締結済みである。東レの社内には、ファーストリテイリング向けの専任組織が各部署に置かれ、その規模は約二百人とされる。

20年続き、双方が利益を得ている。本物の関係である。ここは譲らずに書いておく。

だが、検査の答えは明確である。専任二百人を置いているのは東レの側である。専任を置くとは、供給者が顧客の要求に合わせて自らを変形させるということである。ヒートテックの仕様を決めているのは、繊維を一グラムも製造していないファーストリテイリングである。

同じ東レが、航空機向けの炭素繊維複合材料では逆の位置に立つ。ボーイング787の主要構造材としての認定には長い年月と飛行実績の蓄積を要し、切り替えるとなれば費用を負うのはボーイングの側である。

一つの企業の中に、型の異なる二つの位置が同居している。東レが弱いのではない。立っている位置が違うのである。第三稿が一つの分野の中に四つの型を見出したのと、同じ構造である。


5. 寿命と律速 ― 四つの象限


寿命の軸に律速の軸を加えると、四つの象限が現れる。

前三稿の枠組みは、右列に名前を持っていなかった。この欄に入る資産は、判定としては「残っている」に分類される。判定は正しい。だが意味が違う。残っているが、効いていない

不活性象限が危険なのは、損をしないからである。損をする資産は見直される。損をしない資産は、見直されない。そして保有量を数える計器は、この象限にある資産を毎年正しく計上し続ける。


6. 律速の移動 ― 第二稿命題の再定位


律速は動く。移動には三つの方向がある。

三番目を補足する。電力用の大型変圧器は、データセンター建設に伴う需要の急増により、最上位の電圧級を製造できる企業が世界で数社に限られ、納期が年単位に伸びた。米国向けの超高圧変圧器では、HD現代エレクトリック、ヒョソン重工業、LSエレクトリックといった韓国勢が受注残を積み上げている。

かつて律速は、鉄心に用いる方向性電磁鋼板の磁気特性にあった。その高級帯を定義したのは、高磁束密度品を実用化した日本製鉄をはじめとする日本の鉄鋼メーカーである。いま律速は、鋼板の性能ではなく製造の枠そのものにある。高級帯に立っていた者は、能力を落とさないまま、律速の移動によって位置を失った


階層降格は、律速移動の一形態である。上位層の生成はこの移動の一つの現れ方であって、全体ではない。第二稿の命題は、より一般的な律速命題の特殊解として読み直せる。


これは第二稿の撤回ではなく、位置づけの変更である。むしろ範囲は広がる。第二稿は「自層の上に層が生まれていないか」を観測せよと述べた。だが律速が消える場合と下へ移る場合には、上位層は生成しない。第三の問いすら通過してしまう


7. 造船へ ― 一般論として


前稿は造船の四層を示し、次世代船舶の型式設計に定義権の空白があると述べた。本稿の命題を、この分野に当てておく。三点である。いずれも一般論に留める。

第一に、定義権を取るために、その層を保有する必要はない。ファーストリテイリングは繊維を製造していないが、素材の開発方向を20年にわたり定義してきた。必要だったのは保有ではなく、供給者に専任組織を置かせるだけの量と継続性である。造船所は、機器や材料を保有していないことを理由に、定義を書く側に立てないと考える必要はない。

第二に、問いを立て替える必要がある。「どの機器・材料を持つか」ではなく、「切り替えるとき、費用を払うのは誰か」。前者は保有の問いであり、後者は律速の問いである。同じ調達品目が、問い方によって別の資産になる。第三稿で修繕について述べたのと、同じ構造である。

第三に、この分野には固有の観測条件がある。船は法令により定期的に入渠する。就航後にしか確定しない性能――経年で何がどう劣化するか――を実測できるのは、建造者と運航者と修繕者に限られる。材料の供給者は、自社の試験片しか持っていない。再認定費用がどこに発生すべきかを論じる資格は、劣化を実測している側にある。

そのうえで、具体的にどの機器・どの材料が候補になるかは、本稿では扱わない。それは各社が自らの実測データの棚卸しから始めるべき作業であり、外部から一般論として提示すれば、必ず誤る。判定に要するのは分類表ではなく、手元にあるデータだからである。


8. 第四の問い


三つの問いは、いずれも「その優位はまだあるか」を問うている。年齢を問い、抑止を問い、上位層を問う。すべて、優位の存否についての問いである。

本稿が加える問いは、存否を問わない。


第四の問い ― それは、産業の律速段階にあるか。

破れないことと、効いていることは別である。保有量を数えるな。律速かを問え。


四問のうち、最も答えにくいのはこれである。第一から第三までは、自社と自層を見れば答えが出る。第四の問いだけが、産業全体のどこで供給が詰まっているかを見なければ答えられない。そしてその位置は、自社が何もしなくても動く。


結語 ― 破れないものが、効かないとき


前三稿は、いずれも失うことを扱った。消尽し、追随され、迂回され、階層が下がる。四つとも、優位が減る話である。

本稿が扱ったのは、減っていないのに効かないという状態である。この状態には損失が現れない。第二稿では、階層降格の危険は能力指標が正常を示し続けることにあると述べた。不活性象限は、それより静かである。能力も、保有量も、希少性も、すべて正常を示す。ただ、それが産業のどこにも効いていない。

150年を通じて、日本が持たなかったのは技術でも資本でもない。前二稿ではそれを、自らが持っているものが何型か、そしていま何段目にあるかを問い直す機構と書いた。本稿は、そこにもう一つ加える。


何を持っているかではなく、それが何型か、何段目か、そして効いているかを問え。



出典注記

ヨウ素の産出国別シェア、埋蔵量、ペロブスカイト太陽電池における代替不能性、および複数テラワット級生産を想定した資源制約の評価は、資源エネルギー庁の公表資料および査読済み研究に依拠する。インジウムおよび銀の需要生産比の試算は、タンデム型を対象とした研究に依拠し、素子構造・端子数の前提により値が大きく変わる。数値はいずれも推計であり、算定方法により幅がある。

銀価格の推移、使用量低減工程、および銅メタライゼーションの量産計画に関する記述は、研究機関の公表資料および業界報道に依拠する。本稿改訂時点で進行中の事象であり、以後の推移により記載が古びうる。

2019年の対韓輸出管理運用の見直しと、その後の三品目の輸出入の推移、韓国側の国産化予算の規模、およびフォトレジストの世界シェアは、公表された貿易統計・企業資料およびそれらに基づく報道・研究に依拠する。品目分類の統計上の粒度には限界があり、個々の数値は集計方法により幅がある。

ファーストリテイリングと東レの提携の期間・取引規模および専任組織の規模、ならびに東レの航空機向け炭素繊維複合材料の供給実績は、両社の公表資料および報道に依拠する。取引額は各期の累計であり、集計範囲により幅がある。本稿は構造の説明のためにのみ両社に言及するものであり、いずれの経営判断の当否も論じない。

電力用大型変圧器の供給制約・納期および韓国メーカーの受注状況、ならびに方向性電磁鋼板の高磁束密度品の開発経緯に関する記述は、企業の公表資料および業界報道に依拠する。社名の表記は日本語報道における一般的な表記に従った。

「律速」の語は工学における用法を借用したものであり、反応速度論における厳密な定義をそのまま適用するものではない。四象限および律速移動の三方向という区分は、経営上の論点を抽出するための整理であり、唯一の因果説明を主張するものではない。

本稿は産業史および政策文書を経営構造の分析素材として用いるものであり、特定企業の経営判断の当否、個別の主体の責任、および政策の当否を論じるものではない。



LONGNOW K.K. | 未来へ続く今を、動かす。Now, for the Long.


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