フィンランドの子どもは、通う学校を選ばない。住んでいる場所からいちばん近い学校へ通う。近隣学校原則と呼ばれる考え方で、公立校のあいだに序列を持ち込まないための仕組みである。
この原則には裏側がある。学校の質が、そのまま住所の質になる。ある地区の学校が弱れば、子育て世帯はその地区を選ばなくなる。世帯が抜ければ地区はさらに弱り、学校もさらに弱る。教育の問題と住宅の問題が、一つの回路につながっている。
01 ヘルシンキは、条件の悪い学校に多く配る
ヘルシンキ市は、学校への配分を成績や生徒数だけでは決めてこなかった。2011年と2016年の決定にもとづく仕組みでは、その学校に通う子の保護者の学歴と所得、そして児童が通ってくる地域に住む移民世帯の数を見て、条件の厳しい学校に上乗せしていた。市はこれを必要度に応じた配分と呼ぶ。
効果は測られている。フィンランド経済研究所の研究によれば、上乗せを受けた学校とそれ以外の学校とのあいだで、義務教育の後に進学しない子の割合の差が縮んだ。2008年の時点で市内の移民背景の生徒は3人に1人が進学していなかったが、その割合は5分の1ほど減った。
学校がその金を何に使ったかもわかっている。多くは、支援員の増員に充てられた。
この仕組みは、その後2度作り替えられた。2022年10月の決定が2011年と2016年の決定を廃し、2023年8月から新しい指数に移る。さらに2024年8月から、また別の計算に切り替わった。いまの指数が見るのは、地域の統計ではなく、その学校に実際に通う児童の家庭である。親の役割にある同居の成人の学歴と就業、最低所得の五分位にある世帯に住む児童の割合、外国語で登録された児童の割合。
02 これは教育の予算ではない
配分の基準を、もう一度見てほしい。旧い指数も、いまの指数も、見ているのは学校の教育の中身ではない。そこに通う子が、どんな家に帰るかである。
測り方は、地域の統計から児童の家庭へと細かくなった。ただし向いている先は動いていない。2024年の決定で、市は改定の狙いを、地域の分離をより正確に防ぐためだと書いている。子どもが住所で学校を割り振られる制度のもとでは、児童の家庭を測ることと、地区を測ることは、ほとんど同じ作業になる。
ヘルシンキは、教育予算という名目で、地区が住民を失う危険に値段をつけている。弱い地区の学校を弱いまま置けば、そこに住み続ける世帯が減る。減った分は翌年の税収にはほとんど響かない。10年後に響く。
第1回で、都市の物差しには年数の欄がないと書いた。ヘルシンキは、その欄を予算の側につくっている。
【命題】
就学が住所で決まる制度のもとでは、学校への配分は住宅政策の一部になる。ヘルシンキは、不利の集中が定住を崩すより先に、そこへ配っている。
03 地区の弱りは、指数で見ている
ヘルシンキはもう一つ、地区の状態を追う仕組みを持っている。低所得、失業、学歴の低さを一つにまとめた指数で、市の平均を100として、最も弱い1割の地区がそこからどれだけ離れているかを見る。単年の値ではなく、離れ方が広がっているのか縮まっているのかを見る。
これは学校への配分に使う指数とは別物である。尺度も違えば、所管する部局も違う。市は2つを並べて持っている。
住宅の側も連動する。賃貸住宅に偏った地区では、持ち家と居住権付き住宅を意図的に増やす。地区の住まい方の構成そのものを、政策の対象に置いている。
学校への配分と、地区の指数と、住宅の構成。三つは別々の部局の仕事に見えて、同じ一つのものを見ている。誰が、どれだけの年数、この街に住み続けるか。
04 エスポーは、70年かけて核をつくった
ヘルシンキの西隣にエスポーがある。フィンランド第2の都市で、Nokia、Kone、Fortumが本社を置き、アールト大学とVTTがある。
この街の出発点は1949年だ。政府が、工科大学をオタニエミに置くと決めた。1953年にはタピオラの建設が始まる。掲げられた主題は、子どものいる家族のための住宅、だった。
人口が20万人を超えたのが1998年、30万人に届いたのが2022年、2025年末で32万5千人あまり。2040年代半ばに40万人へ達すると見込まれている。24歳を超える住民の半分以上が高等教育を修めている。
エスポーには単一の中心がない。五つの核が並ぶ。この形は計画されたものだが、計画の起点は70年以上前の一つの立地判断にある。1949年の決定は、どの年度の決算にも現れなかった。現れたのは、数十年あとの人口構成のほうである。
05 日本の統廃合が見落とすもの
日本の地方都市では、学校の統廃合が単年のコスト削減として計算される。校舎の維持費、教員の人件費、運営費。どれも今年度の帳簿に載る数字で、削れば確かに減る。
載らない数字がある。統合された地区から子育て世帯が抜けるまでにかかる年数と、抜けたあとに戻らない年数である。ヘルシンキの配分は、まさにその年数に値段をつける試みだった。
CCVの物差しで見れば、統廃合は費用の削減であると同時に、定住の側の取り崩しでもある。両方を同じ表に載せないかぎり、判断は片側だけを見て下される。
次回はシンガポール。住宅の供給そのものを、国家の資産管理として組んだ都市を扱う。
注:学校への配分制度に関する記述は、ヘルシンキ市教育・保育委員会の決定(2011年、2016年、2022年10月、2024年1月)による。進学率への効果はフィンランド経済研究所(VATT)が公表した研究による。地区の社会経済指数と住宅の構成に関する記述はヘルシンキ市の、エスポーの人口と沿革はエスポー市の公表資料による。いずれも2026年9月時点で確認できる内容にもとづく。