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【連載「何を数えるか」:第5回】誰が、誰の隣に住んでいるか

【連載「何を数えるか」:第5回】誰が、誰の隣に住んでいるか

LONGNOW Business Review | 連載「何を数えるか」 第5回



誰が、誰の隣に住んでいるか

― 定義権は、人員配置に現れる ―


1987年、ウォルマートの創業者サム・ウォルトンは、当時年20億ドルを取引していたP&GのCEOに、直接ある要求を伝えた。P&Gはこれを受けて、三人をアーカンソー州ベントンビルへ移した。ウォルマート本社の所在地である。

その後P&Gは、八つに分かれていた事業部を横断する単一のウォルマート専任チームを編成する。取引は15年で4億ドル未満から80億ドルへ拡大した。そして二千社を超えるサプライヤーが、同じことを追随した。いまベントンビルは、ウォルマート・サプライヤーの都市である。

シンシナティには、誰も来ていない。

本稿が扱うのは、この非対称である。前稿で、定義権の所在を判定する一行の検査を示した。切り替えるとき、費用を払うのは誰か。検査としては正しい。だが実務では、そのままでは使えない。


0. 本稿が主張しないこと、および利害の開示


本稿は複数の企業を実名で扱う。記述は、当該企業が開示した資料および公表報道の範囲に厳密に限定する。開示された数値と構造から読み取れることのみを書き、経営判断の当否、責任の所在、および別の判断があれば異なる結果になったという反実仮想は扱わない。

前稿と同じ開示を繰り返す。弊社の主要なクライアントの一つは造船会社である。第7章で造船に触れるため、当該章は利害関係者による発言である。そのうえで、特定の造船企業には言及しない。


1. 前稿の検査は、そのままでは使えない



その材料・機器を他社品に切り替えるとき、費用を払うのは誰か。

顧客が払う(再認定・再検証)ならば、定義権は供給側にある。供給者が払う(値引き・仕様追随)ならば、定義権は完成品側にある。


問題は、この問いを相手に尋ねられないことである。「あなたは我々を切り替えるとき、費用を払いますか」と顧客に聞く場面は存在しない。自社の営業部門に聞けば、返ってくるのは「良好な関係を維持しています」である。これは嘘ではないが、答えでもない。

必要なのは、当事者の申告に依存しない観測である。本稿は三つの事例から、その方法を取り出す。


2. 移動の方向は、記録に残る


ベントンビルの事例が優れているのは、非対称が地理として固定されている点にある。

誰がどちらへ引っ越したかは、後から言い換えられない。決算説明会の資料でも、取引基本契約書でもなく、住所として残る。しかも二千社という規模は、企業単体の関係ではなく、産業全体の定義権が一つの地名に集約されていることを示している。

移動が起きた理由も記録されている。八つの事業部がそれぞれ別々に接触していた状態を、顧客の側が「八つの別会社と取引しているように見える」と指摘した。P&Gは自社の組織構造を、顧客から見た姿に合わせて作り直したのである。


自社の組織を相手に合わせて作り替えたのは、どちらか。それが定義権の所在である。


3. 金の向きは、定義権を示さない


ここで、方向を測るときに最も起きやすい誤りを扱う。資金の流れは、定義権の所在を示さない

ジャパンディスプレイの白山工場は、建設資金約1,700億円の大半を、顧客であるアップルが前受け金として拠出したことが開示されている。表面的には、顧客が供給者へ資金を出した形である。

同工場は2016年12月に稼働し、アップルが上位機種で有機ELパネルの採用を進めたことで稼働率が低迷、2019年7月に生産を停止した。稼働期間は2年7か月である。前受け金は2019年9月末時点で約900億円が残り、返済負担が重荷となった旨が報じられている。最終的に、土地・建物と製造設備は総額約713億円で売却された。

交渉について、同社社長は「3者間の交渉でもあり、想定よりも時間を要した」と述べ、その理由を主導権が自社以外にあったことと説明している。

構造は明快である。資金は顧客から供給者へ流れ、リスクは供給者に固定された。前受け金は資産ではなく負債であり、専用工場は他の顧客へ転用できない。金額の大きさと向きだけを見れば「顧客が我々に投資している」と読める関係が、実際には逆の意味を持っていた。


測るべきは金額ではない。転用不能性である。


4. 議決権テスト


第三の事例は、完全な反転形である。

ASMLは2012年、インテル、TSMC、サムスン電子の三社から、次世代リソグラフィ技術の研究開発資金として5年間で計13億8,000万ユーロを受け入れた。これとは別に、三社は合計23%の少数株式を38億5,000万ユーロで取得している。顧客から供給者へ、総額52億ユーロである。

条件を読むと構造が見える。発行された株式は、例外的な場合を除き議決権を持たない。さらに当時の最高経営責任者は、開発される技術について「業界全体に恩恵をもたらすものであり、共同投資パートナーに限定されない」と明言している。

52億ユーロを受け取りながら、独占供給も議決権も渡していない。そして顧客側に専任組織を置いたのは、供給者ではなく顧客の側である。

前章と並べると対照が完成する。同じ「顧客が資金を出す」構造でありながら、片方は供給者の資産が固定され、片方は供給者が資金だけを受け取った。分かれ目は、固定された資産がどちら側にあるかである。


5. 専任非対称命題



【専任非対称命題】

定義権は、契約の文言にではなく、資源配置の非対称に現れる。

自社が特定の相手専用に固定し、他へ転用できない資源の量を、相手が自社専用に固定し他へ転用できない資源の量で除す。この比が1を大きく上回るとき、定義しているのは相手である。

金額・人数・善意は、いずれもこの比を代替しない。判定軸は転用可能性である。


三つのテストに分解できる。いずれも、相手に尋ねる必要がない。


6. 誤判定を防ぐ ― 常駐の目的


この指標には、単独では反転する場合がある。潰しておく。

半導体製造装置のメーカーは、顧客の工場にエンジニアを常駐させている。人員の方向だけを見れば供給者から顧客であり、指標は「定義権は顧客側」と判定してしまう。だが実際の定義権は、明らかに供給者側にある。

差は、常駐の目的にある。補助質問を一つ足せば分離できる。


その常駐者は、相手の仕様書を読みに来ているのか。自社の仕様書を守らせに来ているのか。


前者は、供給者が顧客の要求に合わせて自らを変形させている。後者は、供給者が自社の規格を顧客の工程に埋め込んでいる。同じ「常駐」でも、意味は正反対である。

もう一点、補足しておく。「守らせに来ている」型であっても、それが顧客の同意ではなく供給の一時的な逼迫に依存しているならば、第一稿の分類でいう統制型である。統制型は、行使した瞬間に相手の代替投資を起動する。前稿で扱った2019年の三品目のうち、一つが失われ二つが残ったのは、この違いによる。行使しても壊れなかった側は、統制型ではなく合意型であった。


7. 造船へ ― 一般論として


この分野には、固有の複雑さが一つある。造船所は、上流に対しては顧客であり、下流に対しては供給者である

舶用機器や材料に対しては買い手として立ち、船主に対しては売り手として立つ。したがって非対称比は、二方向で測らなければならない。上流に対しては分母を、下流に対しては分子を数えることになる。片方だけを測れば、必ず片手落ちになる。

下流側については、観測が容易である。建造中の造船所には、船主側の監督が常駐する慣行がある。誰がどちらの側に住んでいるかは、すでに事実として存在している。問われていないだけである。

そのうえで、具体的にどの取引関係を測るかは本稿では扱わない。前稿と同じ理由による。判定に要するのは分類ではなく、手元にある人員配置の記録だからである。


8. 計器としての実装


この指標の実務上の利点は、新しいデータを集める必要がないことにある。

特定の相手専用に張り付いている人員の数は人事データにあり、専用設備・専用ラインの簿価は固定資産台帳にあり、誰がどこに事務所を構えているかは総務が知っている。新規のKPIを立てて現場に入力を求める話ではない。既にある記録の、並べ替えである。

そして粉飾が難しい。予算は組み替えられる。関係の良好さは表現を選べる。だが誰が誰の隣に住み、誰の専用に何人が張り付いているかは、書き換えられない

ただし、指標を持つことと、読まれることは別である。第一稿で述べた通り、書かれなかったのではなく、書かれたものが決定の前提にならなかった、という事態が繰り返し起きている。受理が困難であるのは、受理がそれまでの決定を誤りと認めることを含むからである。


したがって、この指標について問うべきは「計器を持っているか」ではない。

その読み値を、過去の意思決定に関与していない主体が出しているか。そして、その読み値は、関与した主体によって却下されない仕組みになっているか。


結語 ― 粉飾できないもの


前稿までの四つの問いは、いずれも自社の資産に向けられていた。年齢を問い、抑止を問い、上位層を問い、律速を問う。本稿が加えるのは、問いではなく観測法である。

定義権の所在は、契約書には書かれていない。契約書に書かれているのは、双方が合意できた表現である。実際にどちらが定義しているかは、双方が合意する必要のない場所――誰がどこに人を置いたか――に現れる。

1987年に動いたのは三人だった。そのとき、その三人が何を意味するかを測る計器を持っていた企業は、おそらく一社もない。


契約書ではなく、住所録を見よ。



出典注記

ウォルマートとP&Gの取引関係、1987年におけるベントンビルへの人員配置、専任チームの編成とその後の取引規模、および同地に拠点を置くサプライヤー数に関する記述は、当事者の公開された証言および報道に依拠する。数値は出典により幅があり、集計範囲も一様ではない。

白山工場の建設資金の拠出形態、稼働開始および生産停止の時期、前受け金の残高、売却の総額と相手方、ならびに同社社長の発言は、いずれも同社の適時開示および公表報道の範囲に依拠する。本稿は開示された数値と構造から読み取れることのみを記述し、経営判断の当否および責任の所在を論じない。

ASMLの共同投資プログラムに関する記述は、同社のプレスリリースおよび米国証券取引委員会への提出書類に依拠する。研究開発拠出額、株式取得比率および取得額、議決権の取扱い、ならびに最高経営責任者の発言は、いずれも当該資料に記載されたものである。

半導体製造装置メーカーの顧客工場における常駐の慣行、および建造中の船舶に対する船主側監督の常駐の慣行は、業界における一般的な実務として記述したものであり、特定の企業の運用を指すものではない。

専任非対称比および三つのテストという整理は、定義権の所在を推定するための便宜的な枠組みであり、唯一の判定方法を主張するものではない。指標には本稿第6章に記した反転の場合があり、他にも本稿が扱わない例外が存在しうる。

本稿は企業の公開情報を経営構造の分析素材として用いるものであり、特定企業の経営判断の当否、個別の主体の責任、および政策の当否を論じるものではない。



LONGNOW K.K. | 未来へ続く今を、動かす。Now, for the Long.


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