LONGNOW Business Review | 連載「何を数えるか」 第1回
三度、同じ誤りを犯した
― 明治以降150年、日本は何を数えてきたか ―
日本という国家が、明治以降どのような優位を獲得し、どのように失ってきたか。この問いを、一つの枠組みだけで通してみたい。優位には型があり、型によって寿命が違う――その一点である。
結論を先に置く。日本は優位を獲得する能力において優れ、獲得した優位の型を判定する能力において一貫して劣っていた。そして同じ誤りを、三度繰り返している。
0. 本稿が主張しないこと
題材の性質上、あらかじめ範囲を限定しておく。本稿は戦争の是非を論じない。当時の政治的・軍事的判断の当否も論じない。そして、別の経営判断があれば異なる結果になった、という反実仮想を書かない。
扱うのは一点のみである。それぞれの時期に、何が数えられていたか。数える対象が組織の行動を規定するという、経営上の一般則を、長い時間軸で確かめるために歴史を用いる。逆ではない。
1. 優位には五つの型がある
まず枠組みを最小限に述べる。優位を維持しているものは何か、で五つに分かれる。

最下段だけが異質である。時差型は、まだ追随されていないだけであり、行使するほど縮む。そして実務における最も高価な誤りは、時差型を物理型と見誤ることである。「我々の技術は真似できない」という判断は、ほぼ常に時差型に対して下されている。
2. 明治 ― 唯一、時差型でなかった時期
明治維新が獲得したものは、技術ではない。制度である。
廃藩置県、徴兵令、地租改正、学制。いずれも法定型である。そして憲法も民法も商法も、輸入ではなく編纂であった。他国の制度を参照しながら、自国の条文として書いた。関税自主権の回復に至る条約改正は、この獲得が国際的に承認された過程である。
この時期の日本は、追いつこうとしたのではない。制度を書いた。
法定型は、法が変わるまで持つ。近代化が短期間で定着したのは、時差型ではなく法定型を取ったからである。
同時に、この時期には合意型の蓄積も始まっている。学校、鉄道、官営工場は、それ自体が優位なのではなく、優位が蓄積される器であった。器を先に作ったことが、後の数十年を規定した。
3. 転換点 ― 勝因が誤って定義された
日露戦争は、日本の近代における最大の獲得であった。同時に、本稿の見立てでは最初の分岐点でもある。
実際の勝因として歴史研究が挙げるものは、外債による戦費調達、同盟による国際的孤立の回避、講和の仲介取り付けである。いずれも制度と外交、すなわち明治が獲得した型に属する。
だが以後、繰り返し語られたのは白兵であり、精神であった。数える対象が、このとき静かに入れ替わっている。
勝因の定義を誤ると、次に何へ投資すべきかを誤る。これは戦時に固有の現象ではない。
成功の要因を取り違えた企業が、次の投資先を誤る構造と同一である。
4. 一度目 ― 時差型の消尽
以後、数えられたものは一貫して時差型であった。艦の性能、搭乗員の練度、将兵の精神力。いずれも行使するほど減る。
開戦時、練度は突出していた。これは修辞ではない。だが少数精鋭とは、補充の速度が構造的に遅いということでもある。消耗が始まってから養成機構を拡張することはできない。
この時期、分析が欠けていたわけではない。1940年に設置された総力戦研究所は、翌年夏の図上演習において、緒戦は優勢に進むが長期戦で国力が尽きるという結論を出し、同年8月末に報告している。
書かれなかったのではない。書かれたものが、決定の前提にならなかった。
自己定義は、作成の問題であると同時に、受理の問題である。
受理が困難であるのは、受理がそれまでの決定を誤りと認めることを含むからである。決定を下した主体が受理の主体でもあるとき、受理は自己否定となる。この構造は、今日の企業においても変わらない。
5. 二度目 ― 品質という時差型
戦後の日本が獲得したのは、品質と工程能率である。これは本物の優位であった。そして20年から30年にわたり持続した。時差型としては異例の長さである。
長かった理由は明快で、暗黙知の比率が高く、移転が遅かったからである。文書化されない現場知は、複製に時間がかかる。だが移転が遅いことは、移転しないことではない。そして日本自身が生産の海外展開を進めた。優位を行使するたびに、優位は漏れていった。
ここに、この時期最大の判断が現れる。
日本は品質を「守るもの」として扱い、「書くもの」としては扱わなかった。
トヨタ生産方式の実体は日本にあったが、それを一般化し、他産業でも成立する形に書き上げたのは米国の研究者であった。品質管理の国際規格を書いたのは欧州である。世界最高水準の品質を持ちながら、品質を定義する権限は取りにいかなかった。
価値が生まれる順序には、四つの段がある。現場で一次情報に触れ、自らの現在地を確定し、他者に課す基準を書き、その基準に従って資源が配分される。日本は第二段までを持ちながら、第三段で止まった。
6. なぜ、定義を書かなかったのか
三つの機構が働いている。
第一に、定義の精度と定義の普及は、逆相関する。
定義を書くには一般化が要る。文脈を剥ぎ取り、他の現場でも成立する形にする。ところが対象を最もよく知る者ほど、一般化すれば不正確になることを知っている。だから書かない。対象を知らない者は、例外を知らないために書ける。そして書かれた不正確な定義が、書かれない正確な理解に勝つ。
第二に、書く必要がない時期が実際に存在した。定義を書く動機は、産業全体の利益プールを狙うときにのみ生じる。製品の優位で勝てるあいだ、カテゴリを定義することは競合の追随を助けるだけである。この期間、書かなかったことは誤りではない。
誤りが生じたのは、品質がコモディティ化した後である。そのとき勝ち続けるには、型を変えねばならなかった。誤りは「定義を書かなかったこと」ではなく、「型を変えるべき時点を認識しなかったこと」である。
第三に、定義への投資は指標に現れない。国際的な標準化の場での定義形成は、10年単位の常駐と反復を要する。この投資は当期の数字に何も生まないため、決定した者が受理者であるかぎり、承認されにくい。
7. 三度目 ― 統合を独占と読んだ
1990年代以降に語られた「擦り合わせ」は、統合の困難さを耐久性と読み替えたものであった。
組み合わせ由来の優位は、単一技術による優位よりも遥かに堅牢に感じられる。「この複雑さは真似できない」という認識は、「この技術は真似できない」よりも説得力を持つ。しかし、いずれも時差型である。そして統合の優位は、模倣によってではなく、モジュール化による迂回によって失われた。
同時期、系列・規制・護送船団といった供給抑止も失効している。ただしこれらは撤廃されたから失効したのではない。抑止されていた層の費用構造が変わり、抑止する意味がなくなったのである。
8. 四つの局面

三度とも時差型である。そして三度とも、追随されるまで、それが時差型であることに気づいていない。
9. いま、何が残っているか
正直に判定すれば、次のようになる。

残っている欄は、いずれも合意型である。そしていずれも意図して設計されたものではなく、結果として積み上がったものに見える。ここに、次の100年の論点がある。
他方、三段目については補足を要する。「保有していない」は、全面的な不在を意味しない。規格が新たに書かれる局面では、日本が議論を主導した例がある。水素を燃料とする船舶の国際的な安全基準の策定では、水素燃焼機関の技術を背景に日本が策定を主導したと報じられている。船級規則の系譜も国内に残っている。
正確に書けば、こうなる。
日本が定義を書けないのではない。書けているのは規格が新設される局面であり、既に確立した規格の定義権を取り返した例は乏しい。新設の場に居合わせているかどうかが、分かれ目になっている。
この区別は、次節の二つ目の通説と直接つながる。
10. 二つの通説への回答
しばしば語られる二つの見立てに、本稿の枠組みから答えておく。
「日本は長期の資産を作るのが得意だ」――半分正しい。だが作られた資産は、換金してはならないものとして扱われてきた。老舗の家訓の多くが禁止で書かれていることが象徴的である。拡げるな、手を出すな、借りるな。蓄積は極大化され、換金の回路は意図的に抑制されてきた。
「日本は標準化が苦手だ」――これも正確ではない。書いた例はある。船級規則も、国内規格も、機能してきた。近年では、水素燃料船の安全基準がこれに加わる。苦手なのではなく、書く必要がなかった時期に書かず、必要になった時点を認識しなかったのである。
二つとも、能力の問題ではない。型の判定の問題である。
結語 ― 判定に能力は要らない
三度の誤りに共通するのは、優位の獲得ではなく、獲得した優位が何型かの判定であった。そして判定には、高度な分析能力を要しない。二つの問いで足りる。
第一の問い ― それは10年前にも、20年前にも希少だったか。
遡って希少でない時期があるならば、それは時差型である。これからも変わる。
第二の問い ― 明日、規制も統制もすべて消えたら、その優位は残るか。
残るならば物理型か合意型。消えるならば法定型か統制型である。
この二問は、四半期ごとの経営会議で答えられる。答えられないとすれば、それは問われていないからである。
150年を通じて、日本が持たなかったのは技術でも資本でもない。自らが持っているものが何型かを、定期的に問い直す機構である。
何を持っているかではなく、それが何型かを問え。
出典注記
明治期の制度整備と条約改正、日露戦争における戦費調達と講和の経緯、総力戦研究所の設置と1941年夏の図上演習、戦後の品質管理手法の海外への展開と国際規格の成立経緯は、いずれも公表された歴史研究に依拠する。個々の数値や個人の発言については研究により幅があるため、本稿では扱わない。
第9節および第10節に記した、水素を燃料とする船舶の国際的な安全基準の策定における日本の関与は、所管官庁の公表資料およびそれに基づく報道に依拠する。当該基準は本稿改訂時点で承認手続きの過程にあり、記載は公表済みの範囲にとどまる。
本稿は歴史的事実を経営構造の分析素材として用いるものであり、戦争の是非、当時の政治的・軍事的判断の当否、および個別の主体の責任を論じるものではない。また、異なる判断があれば異なる結果になったという反実仮想を含まない。
四つの局面という区分は、経営上の論点を抽出するための便宜的な整理であり、歴史学における時代区分を主張するものではない。各期には本稿が扱わない多数の要因が働いている。
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