本稿で用いる語
本稿は産業構造を層に分けて記述する。そのために用いる語を、初出に先立ってここに一覧する。各語は本文の初出箇所でも改めて説明するため、通読にあたって本欄を先に読む必要はない。
| 語 | 説明 |
|---|---|
| 産業OS Industrial OS | 産業を三つの層で捉える見方。物理・設備・素材を担うインフラストラクチャ層、設計・生産方式・訓練・制度接続を担うプラットフォーム層、計測・標準・自律を担うインテリジェンス層からなる。 |
| COE Center of Execution | 戦略を成果に変える実行の中枢。造船でいえばヤード、ドック、建造体制がこれにあたる。Center of Excellence の意味では用いない。 |
| Dual Loop | 設計・建造の流れ(Creation Loop)と、就航後の運航・修繕の流れ(Operation Loop)を、一つの循環として捉える見方。前者を動脈、後者を静脈になぞらえる。 |
| Root Wall | 複製に長い時間を要するため、資本の投下では越えられない参入障壁。設備の購入や企業の買収によって短縮できない蓄積を指す。 |
| 定義権 | 産業標準を継続的に更新する機構の所有。何をその語で呼ぶかを決める力であり、能力の優劣とは独立に働く。 |
| 定義権の四つの層 | 定義権の構造を語彙・承認・認定・レジストリの四層で捉えたもの。語彙は何を記録するかの欄を定め、承認は適合の線を引き、認定は誰が適合を判定してよいかを決め、レジストリは全件の対応表を保有する。四層の充足度を掛け合わせた指標を四層指数といい、加算ではなく乗法であるため、いずれか一層が欠ければ全体が欠ける。 |
| LCV Life Cycle Value | 資産の生涯価値。本稿の枠組みでは初期価値・維持価値・成長価値の三要素を乗算関係として捉え、LCV=初期価値×維持価値×成長価値と表す。三要素は金額ではなく、それぞれの充足度を示す係数として扱う。いずれか一要素がゼロに近づけば全体もゼロに近づく。 |
| 階層降格命題 | 統合能力が損なわれないまま、上位に新たな層が形成されることによって競争優位が失われる現象。能力指標は正常を保つため、当事者が気づきにくい。 |
| 素材位置命題 | 素材が価値連鎖のどの層に位置づけられるかが、その供給者の取り分を決めるという観察。位置づけは素材の性能ではなく、標準や規制の記述によって与えられる。 |
| 漏出命題 | 能力は接触面から漏出するという観察。技術提携や共同生産は、成果と同時に移転を生む。 |
| 不活性象限 | 構造として有望でありながら、いずれの主体も着手していない領域。競争の結果として空いているのではなく、参入の手段が確立していないために空いている。 |
| 白地(本稿の用法) | 米国の再建政策が必要性を明示しながら、その要求を誰がどの経路で満たすのかが公開情報上まだ固定されていない領域。本稿では供給ギャップ、接続ギャップ、計測ギャップの三類型に分けて扱う。 |
各語の詳細はLONGNOW BUSINESS REVIEWの既刊に拠る。本稿では、記述に必要な範囲に限って用いる。
序章
数えられていないもの
米国が持つ船員の需給推計は、2017年のものである。いま動員できる船員が何人いるかを数える仕組みは、まだない。数えられていない領域が、この分析の出発点である。
2026年2月13日、ホワイトハウスは『America’s Maritime Action Plan』を公表した。前年4月9日に署名された大統領令14269号「Restoring America’s Maritime Dominance」が命じた、包括的な行動計画である。本文は35ページ、四つの柱と規制緩和セクション、立法提案セクションからなる。
大統領令は19の成果物を指定していた。そのうち、測定を命じた条がいくつかある。第4条(b)は、産業基盤への投資について納税者にとっての投下資本利益率の明確な指標を導出せよと命じた。第13条(b)(i)は、現在の有資格船員数と、政策の実現に必要な追加船員数を報告せよと命じた。第12条(e)は、カーゴ・プリファレンス比率の引き上げについて費用便益の分析を求めた。
行動計画の回答は、いずれも数値ではない。投下資本利益率については「投資対効果で測定すべきである」という推奨にとどまる。船員数については「有資格・現役航海中・非常時航海意思のある船員プールを追跡する能力を整備する」という提案が置かれている。費用便益については「50パーセントから引き上げよ」という結論のみが示され、分析は公表されていない。
船員について補足する。資格の台帳は存在する。沿岸警備隊は資格証の発給を管理し、海事局は2017年の作業部会報告で、商船隊と軍事海上輸送の同時運用に必要な無制限資格の船員を13,607人、当時の可動プールを11,768人、不足を1,839人と推計した。だがこの推計はいまも2017年のものであり、大統領令が求めた「現在の」数値は、行動計画には現れない。台帳はあるが、いまこの政策に投入できる人間を数える仕組みがない。それが欠落の正確な形である。
数えた結果ではなく、数える仕組みを作る提案である。同じ型の置換が、少なくとも三箇所で生じている。
本稿はこの欠落を出発点とする。ただし、公開文書に現れないことは、誰もやっていないことの証明ではない。本稿が確定しうるのは、米国の再建政策が必要性を明示しながら、その要求を誰がどの経路で満たすのかが公開情報上まだ固定されていない、という状態である。本稿はこれを白地と呼ぶ。市場に誰もいないという意味ではなく、政策の中でまだ役割分担が確定していない空間という意味である。
白地を特定するには、誰が何に座っているかを先に確定しなければならない。占拠の判定を誤れば、白地の判定も同じだけ誤る。
題名の「買えない層」についても、一つ断っておく。資本を投じても永久に取得できない層という意味ではない。第7章で扱う制度は、資本と訓練とライセンスによって外国の能力を移植することを前提にしている。本稿が「買えない」と呼ぶのは、資本だけでは短期間に代替できない層である。
本稿は米国側の政策文書と、四つの勢力それぞれの実行状況を突き合わせ、残る領域を特定する。分析の基準日は2026年10月9日である。
本稿の問い 行動計画が必要性を述べながら、担い手と経路が固定されていない領域はどこか。そして、その領域が空いているのは競争の結果か、参入の手段が確立していないためか。
第1章
大統領令から行動計画へ
1-11年4か月の経過
大統領令は2025年4月9日に署名され、4月15日に官報公示された。第3条から第21条までに19の成果物が指定され、行動計画の提出期限は署名から210日、すなわち2025年11月5日とされていた。実際に公表されたのは2026年2月13日である。約3か月の遅延がある。
この間に、通商措置は独立して動いた。米国通商代表部は2025年4月17日に通商法301条に基づく措置を決定し、10月14日に発効させた。中国運航者・中国船主に純トン当たり50ドル、中国建造船に純トン当たり18ドルまたはコンテナ当たり120ドルのいずれか高い額、外国建造の自動車船に純トン当たり46ドル。自動車船については6月の提案段階で14ドルとされていたが、10月10日の修正で46ドルに引き上げられた。だが10月30日の米中合意により、11月10日から1年間、すなわち2026年11月9日まで実施が停止された。中国側の報復的な港湾費も同期間停止されている。2026年4月17日に予定されていた純トン当たり80ドルへの引き上げは発動していない。
2026年9月、停止期間の満了を前に状況が動いた。9月23日、荷主団体および業界団体の連名により、通商代表部に対して停止の延長を求める書面が提出された。同書面は、1年間の停止が、船舶への課金だけでは米国造船業の再建にならないことを示したとする趣旨の記述を含む。これは要請者の見解であり、政策効果の検証結果ではない。
9月23日から25日にワシントンで首脳会談が開かれ、通商上の休戦が2027年1月10日まで延長された。ただし、本稿が確認した公表資料において、海事分野の措置の停止延長は明示されていない。2026年10月9日時点で官報告示は確認できず、停止は11月9日午後11時59分に期限を迎える。同日には178件の関税除外も期限を迎える。
行動計画の公表後、政策は予算と立法へ移行し、さらに2026年8月13日には艦艇の建造と修理を対象とする大統領覚書が署名された。覚書は1-5で扱う。
予算と立法の経過は次のとおりである。2026年4月3日に公開された2027会計年度予算教書は海軍造船に658億ドルを計上し、海事局には裁量的経費12億ドルと海事保安信託基金由来の14億ドル、合計26億ドルを要求した。7月には下院が国防授権法に「2026年SHIPS法」を組み込んで可決している。約100条・7サブタイトルという規模で、上院は9月に復帰し、本会議審議を経ずに両院協議会へ直行する見通しとされる。
下院可決法案に含まれる海事関連条項のうち、金額を伴うものを二つ記す。造船金融インセンティブについて、海事保安信託基金から2026会計年度から2035会計年度まで各年2億5,000万ドル。米国海事イノベーションセンターの拡充について、同基金から5,000万ドル。いずれも本章が扱う同基金の使途にあたる。
1-2条文単位の執行状況
成果物を伴う17条について、行動計画への反映状況を判定した結果が図1-1である。判定は4区分とした。反映済——行動計画本文に当該条が求めた成果物の実質的内容が記載されている。部分反映——一部の下位項目のみが記載され、とくに定量的成果物が欠落している。未反映・非公開——行動計画本文に対応記述がなく、省庁内部での提出有無は公開情報から確認できない。所管主体の再編——指定された所管主体が中央集権的組織としての活動を終え、公開情報上の履行経路が不明となっている。
出所:Executive Order 14269(2025年4月)、America’s Maritime Action Plan(2026年2月)をもとにLONGNOW作成。判定は行動計画本文への収録状況に基づく。第16条は所管主体の再編により公開上の履行経路が不明であることを示し、執行不能を意味しない
図が単独で示すのは、二つの事実である。
第一に、期限内の履行が公開情報から確認できるのは、沿岸警備隊の規制緩和を命じた条のみである。
第二に、所管主体が再編された条がある。行政効率化省による艦船調達プロセスの審査を命じた条であるが、同省は2025年11月に中央集権的組織としての活動を終え、2026年7月4日に定められていた終了日を迎えた。行動計画の本文に同省への言及は一切なく、巻末の略語表に名称だけが残置されている。業務が他の機関に継承された可能性は否定できず、本稿は執行不能と断定せず、公開上の履行経路が不明であると記述する。
1-3執行段階で生じた四つの構造変質
大統領令と行動計画を条文単位で突き合わせると、単なる遅延では説明できない置換が四つ現れる。
第一に、課金対象の普遍化である。大統領令は中国と陸路迂回を名指ししていた。行動計画は船籍・建造国を問わない全外国建造商船への入港料を提案し、海事保安信託基金の財源に接続した。対中制裁から、建造地そのものを課税基準とする恒久制度への転換である。日本建造船も等しく対象となる。
第二に、課金根拠の転換である。大統領令が定めた「税関国境保護局のコスト回収としてのサービス料」は、行動計画では貨物価額に対する陸路港湾維持税と専用信託基金に組み替えられた。懲罰から恒久財源への設計変更であり、議会通過を前提とした再設計と読める。
第三に、執行主体の集約である。行政効率化省の消滅と対をなす形で、行動計画は海事局を運輸省内の主要執行機関として再定位した。下院可決の国防授権法はさらに、ホワイトハウス内に海事保安担当補佐官と海事保安理事会を新設する。
第四に、定量的成果物の体系的欠落である。序章で述べた置換が、この四つ目にあたる。表1-1に三箇所を整理する。
表1-1 命じられた測定と、返された回答
| 大統領令の指示 | 行動計画の回答 |
|---|---|
| 第4条(b) 納税者にとっての投下資本利益率の明確な指標 | 「投資対効果で測るべきである」という推奨にとどまる |
| 第13条(b)(i) 現在の有資格船員数と必要追加船員数 | 「追跡する能力を整備する」という提案。数値の記載はない |
| 第12条(e) カーゴ・プリファレンス比率引き上げの費用便益分析 | 「50%から引き上げよ」という結論のみ。分析は非公表 |
出所:Executive Order 14269、America’s Maritime Action Plan(2026年2月)をもとにLONGNOW作成
三箇所以上で同型の置換が生じている。偶発ではなく、体系的な処理である。
1-4執行主体は三つの枠に分かれている
前節までは文書を対象としたが、文書を執行する主体は一つではない。行動計画を読むうえで、また外国事業者が関与の経路を探すうえで、執行主体が三つの異なる枠に分かれている事実は無視できない。図1-2に整理する。
出所:Executive Order 14269、America’s Maritime Action Plan(2026年2月)、米国政府および国土交通省の公表資料をもとにLONGNOW作成。概念図であり、権限関係の全体を示すものではない
この三分割には、2026年8月の覚書によって変化が生じている。覚書の宛先の筆頭は戦争長官であり、外国造船所建造の免除に関する国家安全保障認定の権限と、親設計からの変更を承認する権限が、いずれも同長官に委任された。海軍海洋システム司令部の改革も同長官が主導する。
第一の枠は政府間である。日米の造船協力覚書に署名したのは商務長官であり、2026年2月17日にワシントンで開かれた第1回作業部会に米側から出席したのは商務省・国務省・戦争省・国家安全保障会議であった。日本側の出席は国土交通省・外務省・経済産業省・防衛省・内閣官房国家安全保障局である。
第二の枠は運輸省である。海事局と沿岸警備隊が、適格船の認定、区域の指定、船舶の検査、規制の緩和を担う。行動計画の執行の中心はここにある。
第三の枠は産業主導である。海軍海洋システム司令部との共同資金協定のもとに置かれた造船研究プログラムが、9つの部会を通じて年次の公募を行い、造船所・研究機関・民間企業の共同提案を採択している。2025年11月の採択は18件、政府資金は338万ドルであった。採択案件にはロボットアーク溶接のデジタル化と機械学習の統合に関する実装ロードマップが含まれる。
この第三の枠には、外国事業者にとって決定的な特徴がある。部会の会合は公開されており、参加に会費を要しない。他方で、案件には米国造船所が少なくとも1社参画することが要件とされている。閉じているのではなく、条件が付されている。
1-52026年8月の大統領覚書
2026年8月13日、国家安全保障大統領覚書「合衆国海軍と米国造船産業基盤の再建」が署名された。宛先は戦争長官、行政管理予算局長、国家安全保障担当大統領補佐官である。大統領令14269号を基礎としつつ、艦艇の建造と修理に対象を絞った追加の指示を置く。
覚書は現状認識として、過度に複雑な設計と反復的な設計変更の手続が費用の増大・遅延・中止を招いたこと、造船事業者間の能力と競争の不足が6つの主要な海軍建造計画で受注残を生んでいること、そして商業造船部門が国際的な競争力を持たないことを挙げる。
指示は五つである。表1-2に整理する。
表1-2 覚書の指示事項と期限
| 条 | 内容 | 期限 |
|---|---|---|
| 第2条 | CVN-81の建造において、電磁式航空機発射装置と先進兵器エレベータを蒸気式・油圧式に置き換える計画 | 60日以内 |
| 第3条 | 「フィンランドモデル」による外国造船所建造の免除。最大3船級。対象は水上戦闘艦、CONSOLタンカー、ロールオン・ロールオフ船。通商合意で約束された資金を米国海事産業基盤への投資に振り向ける計画を含む | 90日以内 |
| 第4条 | 第5の公共海軍造船所の設置計画。太平洋艦隊に近接する立地。最大3基の新設ドライドック。官民連携等の資金調達手法を含む | 120日以内 |
| 第5条 | 部品修理センターの設置計画。潜水艦修理の産業基盤が要する新規部品の受け入れと旧部品の再生 | 90日以内 |
| 第6条 | 海軍海洋システム司令部の人事・組織・構造改革の検討 | 120日以内 |
出所:National Security Presidential Memorandum「Rebuilding the United States Navy and America’s Shipbuilding Industrial Base」(2026年8月13日)をもとにLONGNOW作成
このうち第3条は、外国事業者の関与のあり方を直接に規定する。詳細は第7章7-2で扱う。
ここで、免除の根拠となる条文を確認しておく。合衆国法典第10編8679条は、第(a)項において、軍のために建造される船舶、およびその船体または上部構造の主要構成部分を外国の造船所で建造することを禁じる。第(b)項は、大統領が米国の国家安全保障上の利益にかなうと判断した場合に例外を認めること、議会に通知し、通知の受領日から30日を経るまで契約を締結できないことを定める。
すなわち、覚書が定める四条件と30日の待機は、この第(b)項の仕組みをなぞったものである。覚書が新たに設けたのは免除の仕組みそのものではなく、既存の例外権限を行使する際の条件と、対象船種の範囲である。
第3条にはもう一つ、設計に関する規定がある。上記の計画に基づく各事業において、海軍が成熟した親設計に対して反復的な設計変更を課すことを禁じ、親設計からの変更には戦争長官の承認を要するとした。第6条の改革目標にも、同じ趣旨が置かれている。
第4条の公共造船所は、80年以上ぶりの新設となる。立地の候補として、本土のほかアラスカ、ハワイ、米領が挙げられている。
第5条の部品修理センターは、ロサンゼルス級、バージニア級、シーウルフ級、オハイオ級、コロンビア級について、少なくとも1隻分の予備装備を保持することを求めている。
本章の観察 行動計画は一つの文書だが、執行は三つの枠に分かれている。覚書と作業部会は第一の枠に属し、実務の研究開発は第三の枠で動いている。文書だけを読むと、後者は見えない。
第2章
誰が何を押さえたか
白地を特定する作業は、占拠を特定する作業から始まる。そして占拠には、性質の異なるものが混在している。
2-1韓国 ―― 実行体制への集中投資
韓国は対米関税交渉のパッケージとして、造船分野に総額1,500億ドルの対米投資を約束した。「Make American Shipbuilding Great Again」の頭字語で呼ばれるこの枠組みは、2026年5月8日の両国商務当局間の覚書で協力イニシアティブとして制度化され、7月23日にはワシントンに韓米造船協力センターが開所した。開所式では、大手三社、米国の造船所、技術企業、大学、研究機関のあいだで15件の覚書が締結された。分野はTeam Koreaの結成、供給網、人材育成、共同技術開発の四つである。あわせて5年間1,200億ウォンの韓米共同研究が発表され、船舶設計の最適化と自律運航を含む8課題が予定されている。
中核はヤードの所有である。ハンファは2024年12月にフィラデルフィアのフィリー造船所を1億ドルで買収し、その後に50倍となる50億ドルの追加投資を公表した。年産2隻未満を最大20隻へ引き上げ、5,000人の新規熟練雇用を創出する計画である。2026年8月11日には、アラバマ州モービルのオースタルUSAに対し、企業価値10億5,000万から12億ドルの非拘束的買収提案を提出した。同社は米海軍に34隻を納入し100億ドルの受注残を持ち、ゼネラル・ダイナミクスと提携して原子力潜水艦モジュールを製造している。取締役会は4週間のデューデリジェンス期間を付与し、対米外国投資委員会・国防保安局・独占禁止当局の審査が必要となる見込みである。
ヤード以外の展開も広い。海軍補助艦の共同設計、非戦闘艦の整備・修理・オーバーホール、液化天然ガス運搬船とバンカリング船、ジョーンズ法適格のタンカー10隻、二元燃料コンテナ船。生産技術では、知能溶接システムを米国の大手造船所へ実装するパイロットが2026年8月に始まった。訓練では、拡張現実を用いた溶接・塗装の訓練センターが設置されている。
韓米造船協力センターは、政府間の常設拠点である。企業の専任組織に加えて、両国政府が置いた恒常的な実体が米国内に存在することになる。
これらに共通するのは、対象が資本で取得できる層に集中していることである。ヤード、ドック、建造実行体制、そして人員。産業OSでいえばインフラストラクチャ層への集中投資であり、実行の中枢の構築である。
2-2北欧・カナダ ―― 北極層の配分完了
大統領令と行動計画が最大の分量を割いた北極領域は、日本の戦略立案において見落とされやすい。だがこの層の配分は、すでに完了している。
三国の枠組み——米国・カナダ・フィンランド——は2024年7月に発足し、2025年11月18日に共同意図表明が署名された。米沿岸警備隊が発注した砕氷船11隻の配分を表2-1に示す。
表2-1 砕氷船11隻の配分
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 設計 | 一方の枠組みによる多目的砕氷船設計で6隻、他方の第4世代設計で5隻 |
| 建造配分 | ルイジアナ州で4隻・約22億ドル、フィンランドのラウマで2隻・約11億ドル、ヘルシンキで2隻とテキサス州で3隻・合計35億ドル。2026年7月までにすべて本契約が締結された |
| 産業投資 | カナダの造船事業者が10億ドルでテキサス州のヤードを取得・近代化 |
| 労働力 | 米労働省が800万ドルの国際造船フェローシップを設置。米国の労働者を同盟国のヤードで訓練する4年間の枠組みで、提携先としてカナダ、フィンランド、イタリア、日本、韓国等が挙げられている |
| 構造的背景 | フィンランド政府によれば、世界の砕氷船の60%が同国のヤードで建造され、80%が同国企業の設計 |
出所:フィンランド政府、カナダ政府、米国土安全保障省の公表資料をもとにLONGNOW作成
この配分には、当初は見えにくかった性質がある。2026年8月の大統領覚書は、中型砕氷船建造に関する米国とフィンランドの覚書を「フィンランドモデル」と呼び、これを艦艇調達に適用する方針を示した。北極での配分は、単一領域の帰趨であると同時に、調達様式そのものの実証でもあった。
日本はこの三国枠組みの当事国ではない。ただし範囲を限定して述べる必要がある。閉じているのは、沿岸警備隊の当該11隻について主要な設計と建造の枠が配分済みである、という点である。三国枠組み自体は供給網の協力、人材育成、共同研究開発を継続しており、北極産業の全体が閉鎖されたわけではない。
労働力の項にも注意を要する。フェローシップの提携先には日本が名を連ねており、この経路は日本にも開かれている。先に使ったのがフィンランドであるという事実と、経路が閉じているという判断は、別のものである。
2-3米国内の枠組み ―― 産業主導の研究体制
第三の勢力は、外国から見えにくい。米国の造船所・研究機関・民間企業が海軍との共同資金協定のもとで運営する研究プログラムが、それである。
このプログラムは9つの部会を持ち、船体設計・材料、業務技術、電気技術、労働力と適合、施設と生産技術などの領域ごとに、年次の公募と採択を行っている。2025年11月の採択は18件、政府資金338万ドル。前年度の採択には、デジタルツインによるバラストタンクの内部検査技術の評価、溶接工程の自動化、供給者向けの溶接訓練プログラムの整備などが含まれる。
案件の期間は短い。2025年11月採択の18件はいずれも約12か月であり、前年度の13件も9か月から12か月である。より規模の大きい研究公告の案件でも、履行期間は最大24か月とされ、費用分担は50パーセントが目標とされる。長期の単独案件を抱えるのではなく、継続する枠組みの上で短い案件を回す構造である。
行動計画が「技術・自動化・産業近代化の受容」として掲げた項目の多くは、この枠組みの中ですでに案件化している。行動計画だけを読むと、これらの領域は新たに開かれた機会に見える。実際には、既存の実行体が継続的に取り組んでいる領域である。
ただし、この枠組みの性質は前二者と異なる。ハンファがヤードを所有していることは排他である。三国枠組みの当事国であることも排他である。これに対し研究プログラムは、部会の会合を公開し、参加に会費を課していない。閉じているのではない。案件に米国造船所が少なくとも1社参画するという条件が付されている。
加えて、案件の基本契約には、外国の主体が技術への外国アクセスに関する条項に従う旨の規定が置かれている。参加が想定されていないのではなく、適用される条項が定められている。
ただし、この枠組みの安定性には留保が要る。2026年8月の大統領覚書は、共同資金協定の相手方である海軍海洋システム司令部について、120日以内に人事・組織・構造の改革案を提出するよう命じた。改革の内容によっては、枠組みの運営に影響が及びうる。
加えて、下院可決の国防授権法には、同プログラムを法律上授権する条項が含まれる。海事局長官が海軍長官と協調してプログラムを設置し実施すること、活動を授権すること、海事局との連携を強化することを内容とする。現在は海軍海洋システム司令部との共同資金協定のもとにある枠組みを法定化し、所管を海事局に寄せる性格のものである。参加要件に関する規定は、確認した条文には見当たらない。
2-4占拠には三つの性質がある
以上の三勢力を並べると、「押さえている」という一語で括られる状態に、性質の異なる三つが混在していることがわかる。
第一は排他的占拠である。所有・買収・枠組み当事国資格によって、第三者の参入が構造的に閉じている。ヤードの所有と、三国枠組みの北極配分がこれにあたる。
第二は入場条件つき開放である。枠組み自体は公開されているが、参加に要件が課されている。研究プログラムの米国造船所参画要件がこれにあたる。行動計画が同盟国に対して用意した提携条項の多くも、この性質を持つ。
第三は未着手である。担い手が現れていない。
この区別は、消去法の結論を左右する。第二を第一と同じ扱いで消去すれば、実際には入りうる領域を白地から落とすことになる。逆に第二を未着手と同じ扱いにすれば、条件の存在を見落とす。第4章の判定は、この三値によって行う。
本章の観察 四つの勢力のうち三つは、資本または国家間の枠組みによって現在の位置を得た。買えるものと、枠組みで得られるものが、この1年半で急速に埋まっている。残っているのは、買収の対象になっていない層である。
第3章
日本側の実行状況
第2章までは米国の政策空間における占拠を扱った。本章は視点を移し、日本側で何が動いているかを、公表資料の範囲で確定する。占拠の判定と同じく、白地の判定は自国側の着手状況を数え落とせば同じだけ誤る。
3-1覚書から作業部会へ
日米の造船協力は、2025年10月28日の覚書に始まる。署名したのは国土交通大臣と米国商務長官である。掲げられた協力分野は五つ——建造能力の拡大、対米投資の促進、船舶需要の明確化、人材育成、技術革新。
同年12月、国土交通省と内閣府は造船業再生ロードマップを策定した。2035年までに年間建造能力を約900万総トンから1,800万総トンへ倍増する目標を置き、官民で1兆円規模の投資を見込む。経済安全保障推進法に基づき、船体は特定重要物資に指定されている。
2026年2月17日、ワシントンで第1回の日米造船作業部会が開かれた。議題は建造能力の拡大、造船人材の育成、そして人工知能とロボット等の革新的造船技術の開発・導入である。同月20日には国内で造船ワーキンググループの第1回が開かれ、3月19日に第2回、4月10日に第3回が続いた。官民投資ロードマップの策定に向けた審議が進行している。
投資は配分の段階に入った。国土交通省は2026年9月4日、経済安全保障推進法に基づく供給確保計画3件を認定した。今治造船ほかに約1,138億円、ジャパンマリンユナイテッドほかに約494億円、名村造船所・函館どつくに約499億円、合計約2,131億円である。対象期間は令和8年度から令和16年度。
同月11日にはさらに5件が認定された。大島造船所に約61億円、川崎重工業に約156億円、新来島どっくグループに約320億円、内海造船に約43億円、三菱造船に約400億円、合計約980億円である。8件を合わせた最大助成額は約3,110億円、官民合わせた投資額は9,000億円規模とされる。
ここで確認できるのは、支援の対象となる計画と助成の上限が具体化したことであり、支払いの開始ではない。なお、1兆円規模とされてきた投資の内訳も公表されている。造船企業の資金調達に民間3,500億円規模、造船能力の抜本的向上に官3,800億円規模、非価格競争力の向上に官民2,800億円規模である。
覚書から作業部会までは4か月、作業部会から国内の実行着手までは1か月である。この速度は、次節の事実と合わせて読む必要がある。
3-2生産技術 ―― 補正予算による一括着手
2026年3月19日、海上技術安全研究所は「人工知能の活用による次世代造船所の実現に資する技術開発」の採択結果を公表した。予算額150億円、令和7年度補正予算、実施期間は約1年。14件の研究開発課題が採択された。
公表文は、この事業が前年10月の日米造船協力覚書と同年12月の造船業再生ロードマップを踏まえるものであり、日米両国の大学等の研究機関、人工知能・ロボット関連企業、造船事業者等と連携して推進すると明記している。事業の効果として「日米造船協力の推進」が掲げられている。
採択案件のうち、対米連携が明示されているものを表3-1に示す。
表3-1 対米連携が明示された採択案件
| 事業名 | 提案者 | 共同実施等関係予定企業(米国側) |
|---|---|---|
| AI生産工程シミュレーション基盤 | MTI、ジャパンマリンユナイテッド、今治造船、新来島どっく、横浜国立大学、大阪大学、大阪公立大学 | University of Michigan、Massachusetts Institute of Technology、General Dynamics NASSCO、HII’s Newport News Shipbuilding、Fraser Shipyards、Fincantieri Marine Group、Treetown Tech、Minoic Intelligence、Persona AI ほか |
| 3次元設計データを前提としたAI設計支援システム | MTI、ジャパンマリンユナイテッド、今治造船、旭洋造船、浅川造船、本田重工業、九州大学、大阪大学、日本海事協会 | University of Southern California |
| 開放空間用AI溶接・塗装ロボット | 川崎重工業、名村造船所、新来島どっく | American Bureau of Shipping(日本海事協会と共同) |
| 研究開発・日米連携促進アドバイザリー | MTI | American Bureau of Shipping(日本海事協会と共同) |
| 「日本版デジタルシップヤード」標準アーキテクチャの策定 | 日本能率協会コンサルティング | 日米両国でのセミナーによる成果普及を予定 |
出所:国土交通省報道発表「AI造船ロボット等に係る研究開発事業の公募について、14件の事業を採択しました」別紙2(2026年3月19日)をもとにLONGNOW作成。機関名は公表資料の記載に基づく。共同実施等関係予定企業は事業開始時点の予定であり、国内側の参画機関は本表では省略した
表の第1行に注意を要する。行動計画は第4の柱で「同盟国のヤードと提携して、モジュール建造・ロボット建造技術の研究開発を行え」と述べている。その提携の相手として、ゼネラル・ダイナミクスNASSCOとハンティントン・インガルスのニューポート・ニューズを含む米国の造船事業者4社が、日本の公募案件に名を連ねている。
同時に、米国側の参画がどの案件に集まっているかにも注意を要する。米国の大学と造船事業者が名を連ねるのは生産工程シミュレーション基盤の案件であり、溶接・塗装ロボットの案件に米国側から参加しているのは船級のみである。ロボットそのものではなく、その作業経路や干渉を分析して行動計画を立案する側に、米国側の寄与が集まっている。同じ事業の中で、層が分かれている。
なお、第1行に名を連ねる米国の地域造船所Fraser Shipyardsは、韓国のHD現代がHD韓国造船海洋を通じて近代化支援の覚書を結んだ相手でもある。同じ米国の造船所が、日本と韓国の双方の枠組みに足を置いている。
第4行も性質が異なる。学術・船級・産業界の専門家によるアドバイザリーボードを設置し、日米造船業の連携促進を行うという建て付けであり、日本海事協会とAmerican Bureau of Shipping が並んで参加している。船級は規則適合の証明を担う主体である。
これとは別に、MTIを代表機関とする10機関の共同研究が2025年10月1日に始まっている。開発・設計段階で建造と運用のライフサイクル、供給網をシミュレーションする手法を整備し、統合シミュレーション・プラットフォームとして実証するものである。経済安全保障に関する国の育成プログラムに採択されている。
3-3自律運航 ―― 承認まで到達した唯一の例
生産技術と並行して、もう一つの層で到達点が生じている。
2026年3月27日、日本財団の無人運航船プロジェクト「MEGURI2040」第2ステージについて成果が公表された。実証船4隻すべてが国土交通省の船舶検査に自動運航船として合格し、商業運航を開始したという内容である。技術開発を担ったのは、日本海洋科学を代表とする国内53社のコンソーシアム DFFAS+ である。
合格の内訳を表3-2に示す。
表3-2 自動運航船として検査に合格した4隻
| 船種 | 概要 | 検査合格 |
|---|---|---|
| 旅客船 | 全長約66メートル、旅客定員500名の離島航路船。島と岩礁の多い海域 | 2025年12月5日(国内初) |
| 新造内航コンテナ船 | 全長約134メートル、700TEU型。無人運航に必要な機能を搭載した新造船 | 2026年1月28日 |
| 既存RORO船 | 全長約173メートル、総トン数11,413トン。既存船へのレトロフィット | 2026年2月9日 |
| 既存内航コンテナ船 | 全長96.81メートル、245TEU型。国内で最も普及した船型 | 2026年3月25日 |
出所:日本財団および DFFAS+ 参画各社の公表資料(2026年3月・4月)をもとにLONGNOW作成
技術的な内容よりも、制度的な意味が重い。
行動計画は自律運航について、自律レベルの定義が現行規制に存在しないこと、遠隔操作者の資格と管制センターの認証が不在であること、試験・認証・承認の経路が定まっていないことを列挙している。これに対し日本では、対象船種を変えながら4件について、国が船舶検査という承認行為を実施した。定義があり、承認があり、規則適合の証明があり、合格した船が存在する。
運航面では、陸上支援センターが2拠点体制で設置されている。一方は事業者の社屋内に置かれた常設型、他方はけん引で移動可能なトレーラー型である。用途と航行環境の異なる複数船を陸上から同時に航行支援する体制は、日本財団の調べで2026年3月時点において世界初とされる。
新造船とレトロフィットの双方が含まれている点にも記述の価値がある。就航済みの船に機能を追加して承認を得る経路が成立していることは、Operation Loop の側から Creation Loop へ戻る流れが実際に動いていることを意味する。
3-4接続されたもの、されていないもの
以上を、対米関与という一つの尺度で整理し直したものが表3-3である。
表3-3 日本の対米海事関与(2026年8月時点)
| 項目 | 状況 |
|---|---|
| 政府間の枠組み | 覚書の署名(2025年10月)。作業部会の第1回開催(2026年2月)。第2回以降の開催は公表資料からは確認できない |
| 生産技術の共同研究 | BRIDGE事業として補正予算150億円で14件が採択(2026年3月)。うち複数件にミシガン大学、MIT、南カリフォルニア大学、米国造船事業者4社、American Bureau of Shipping が参画予定 |
| 投資の配分 | 造船業再生基金により8件の供給確保計画が認定(2026年9月)。支援対象の計画と助成の上限が具体化 |
| 自律運航 | 国内で4隻が自動運航船として船舶検査に合格。米国の政策空間への接続は確認できない |
| 認定の層 | 日本海事協会と American Bureau of Shipping が同一の公募案件に参加。ただし米国において誰を適合判定機関とするかを決めるのは沿岸警備隊であり、その決定への接点ではない |
| 整備・修理 | 2025年5月、三菱重工業が米海軍の USS Miguel Keith の定期オーバーホールを横浜で実施(5か月)。横須賀における米艦修繕は十数年の実績 |
| 対米の物理実体 | 対米ヤードなし。部品・素材の米国内供給網なし |
| 行動計画本文の記載 | 日本との具体的枠組み名の記載なし。「中国と造船能力問題を協議し、韓国および日本との協力を継続する」の一文のみ |
出所:国土交通省、海上技術安全研究所、各社公表資料をもとにLONGNOW作成。判定は2026年10月9日時点の公開情報に基づく
上の五行と下の二行のあいだに、断絶がある。
設計、規則、整備、そして生産技術の共同研究という層には、実体を伴う位置がある。他方で、米国内の物理的実体はなく、行動計画の本文に枠組み名は現れない。1,500億ドルを約束した韓国と、5,500億ドルのパッケージの一部として造船を含む日本が、同一の一文で並記されている。
ただし、この一文をもって「接続がない」と読むのは正確ではない。覚書には150億円の実装が付いており、その実装には米国の大学と造船所と船級が名を連ねている。制度文書に名がないことと、実務の接点がないことは、別の事実である。
本章の観察 接続は2025年10月から2026年3月にかけて始まっている。未決なのは接続の有無ではなく、その接続をどの層に効かせるかである。生産技術の共同研究は、建造の生産性という層に向けて設計されている。
第4章
白地の再判定
4-1分解の方法
行動計画は四つの柱と規制緩和セクション、立法提案セクションで構成される。柱ごとに推奨政策行動が列挙され、その総数は百項目を超える。本稿はこれを三つの条件で絞り込んだ。
第一に、外国事業者が供給者・提携者・参画者として関与しうること。普遍的入港料や米国海事優先要件のように、外国事業者にとって義務ないし費用としてのみ作用する項目は除外した。第二に、行動計画が明示的に必要性を述べていること。推測による拡張は行わない。第三に、産業OSの三層のいずれかに位置づけられること。
結果として28領域を抽出した。インフラストラクチャ層8、プラットフォーム層11、インテリジェンス層9である。
4-228領域
各領域には、行動計画における根拠に加えて、対象が商船か艦艇・官公庁船かという区分を付す。この区分は判定に直接影響する。艦艇側では調達規則により外国事業者の参入が制度的に制約される領域が多く、商船側とは条件が異なるためである。
表4-1 インフラストラクチャ層の8領域
| 番号 | 領域 | 区分 | 行動計画における根拠 |
|---|---|---|---|
| I-1 | 大型舶用機関 | 両 | 第4の柱「重要部品の国産化」で名指し |
| I-2 | 減速機・推進軸・プロペラ | 両 | 同上 |
| I-3 | 大型鍛造品・鋳造品 | 両 | 同上 |
| I-4 | 高張力鋼・戦略合金・重要鉱物の国内処理 | 両 | 同上+「船舶資材の米国製化」 |
| I-5 | 先進電子機器 | 両 | 同上 |
| I-6 | ドック・クレーン・パネルライン・材料ハンドリング | 両 | 第1の柱「造船・修繕・港湾インフラの変革」 |
| I-7 | 岸壁ユーティリティ(陸電・配電・通信) | 商船 | 同上 |
| I-8 | 公共造船所の再資本化とデジタルヤード基盤 | 艦艇 | 第1の柱「国内公共造船所の再資本化」 |
出所:America’s Maritime Action Plan(2026年2月)をもとにLONGNOW作成
表4-2 プラットフォーム層の11領域
| 番号 | 領域 | 区分 | 行動計画における根拠 |
|---|---|---|---|
| P-1 | モジュール設計・標準船型の設計パッケージ | 両 | 第1の柱/第3の柱「商用標準と設計の活用」 |
| P-2 | 商用既製設計の政府船への転用 | 艦艇 | 第3の柱「軍艦を除き、成熟した商用設計を用いよ」 |
| P-3 | ロボティクス・自動化・生産分析 | 両 | 第4の柱「技術・自動化・産業近代化の受容」 |
| P-4 | 積層造形・コールドスプレー補修・非破壊検査 | 両 | 同上 |
| P-5 | ベンダー資格認定と二次供給者の創出 | 両 | 第4の柱「単一供給者依存の低減」 |
| P-6 | 加速訓練プログラムの他地域展開 | 両 | 第2の柱「実証済み加速訓練モデルの拡大」 |
| P-7 | 積層造形センターの地理的拡大 | 艦艇 | 第2の柱 |
| P-8 | シミュレータによる乗船履歴の一部代替 | 商船 | 第2の柱「シミュレータ訓練による代替承認」 |
| P-9 | 同盟国の産業界・学術界との二国間交流協定 | 両 | 第2の柱「国務省が交流枠組みを支援しうる」 |
| P-10 | 国家海事奨学金(同盟国専門家の招聘教授) | 両 | 立法提案/大統領令第13条(c)(iii) |
| P-11 | 船舶建造管理者モデル | 艦艇 | 第3の柱・第4の柱 |
出所:America’s Maritime Action Plan(2026年2月)、Executive Order 14269 をもとにLONGNOW作成
表4-3 インテリジェンス層の9領域
| 番号 | 領域 | 区分 | 行動計画における根拠 |
|---|---|---|---|
| N-1 | 自律運航船の規制枠組み9領域 | 商船 | 規制緩和セクション(大統領令が命じていない自発的追加) |
| N-2 | 排他的経済水域内の自律技術試験海域の指定 | 商船 | 同上(沿岸警備隊が設定) |
| N-3 | ロボティック・自律システムの標準船体設計 | 艦艇 | 第4の柱「標準化しライセンス供与せよ」 |
| N-4 | 経済安全保障メトリクスの定義 | 両 | 第4の柱「明確な指標と需要シグナルを定義し測定せよ」 |
| N-5 | 船員需給の計測基盤 | 商船 | 第2の柱「データ計画と報告」 |
| N-6 | 要件処理・供給網分析・契約文言最適化 | 両 | 第1の柱「人工知能および新興技術の活用」 |
| N-7 | デジタルツイン | 両 | 第3の柱 |
| N-8 | 北極域の測位航法時刻の改善とドメイン認識 | 艦艇 | 第4の柱 |
| N-9 | 予備船隊のライフサイクルコスト予測モデル | 艦艇 | 第4の柱「予測モデルによる精緻化」 |
出所:America’s Maritime Action Plan(2026年2月)をもとにLONGNOW作成
4-3判定の三値と、二つの軸
28領域に対し、第2章で確定した占拠の性質を重ねる。判定は三値とする。
排他的占拠——所有・買収・枠組み当事国資格により、第三者の参入が構造的に閉じている。入場条件つき開放——枠組みは公開されているが、参加に要件が課されている。未着手——担い手が現れていない。
これに二つの軸を加える。第一は商船と艦艇・官公庁船の区分であり、前節の表に示した。第二は日本側の着手状況であり、第3章で確定した。
最終の判定は四つに分かれる。白地——占拠がなく、政策要求を誰がどの経路で満たすかが固定されていない。進行中——日本側が着手している。要件充足で参入可——入場条件つき開放であり、条件を満たせば入りうる。閉鎖——排他的占拠により経路がない。
白地についてはさらに、その空き方の性質を三類型に分ける。供給者は存在するが量や冗長性や国内化が不足する供給ギャップ。能力や前例は存在するが米国の制度への接続経路がない接続ギャップ。誰が何をどう測り、どの基準で判定するかが未確定の計測ギャップ。詳細は第5章冒頭で述べる。
4-4消去
判定の結果が表4-4である。
表4-4 消去の結果
| 領域 | 占拠の性質 | 占拠者 | 日本側 | 判定 |
|---|---|---|---|---|
| I-6〜I-8(設備・ヤード) | 排他的占拠 | 買収済ヤードと既存事業者 | 未着手 | 閉鎖 |
| P-3・P-4(自動化・積層造形) | 入場条件つき開放 | 産業主導の研究プログラム | 着手済 | 進行中 |
| P-5(ベンダー資格認定) | 入場条件つき開放 | 米国既存の調達体系 | 未着手 | 要件充足で参入可 |
| P-6・P-7(訓練拠点) | 排他的占拠 | 既存の訓練体系と韓国勢 | 未着手 | 閉鎖 |
| P-9・P-10(教育の制度接続) | 入場条件つき開放 | フィンランドが先行使用 | 米大学3校と連携 | 進行中 |
| P-11(船舶建造管理者) | 入場条件つき開放 | 米国商業船主 | 未着手 | 要件充足で参入可 |
| N-6・N-7(分析基盤・デジタルツイン) | 入場条件つき開放 | 産業主導の研究プログラム | 着手済 | 進行中 |
| N-8(北極) | 排他的占拠 | 三国枠組み | 未着手 | 閉鎖 |
| I-1〜I-5(部品・素材) | 供給集中(艦艇)/供給不在(商船用大型主機) | 単一供給者への依存 | 国内施策のみ | 白地:供給ギャップ |
| N-1・N-2(自律運航の標準) | 未着手 | 該当なし。韓国は共同研究に着手 | 国内で承認実績 | 白地:接続ギャップ |
| N-4・N-5・N-9(計測) | 未着手 | 該当なし | 未着手 | 白地:計測ギャップ |
| P-1・P-2(標準船型設計) | 未着手 | 該当なし | 設計統一を志向 | 白地:供給ギャップ |
出所:各社公表資料、政府公表資料、海事専門紙報道をもとにLONGNOW作成。判定は2026年10月9日時点の公開情報に基づく
判定にあたって注意を要する箇所が二つある。
第一に、自動化・積層造形・分析基盤の各領域である。これらは一見すると先行者に埋められた領域に見えるが、占拠の主体は特定の外国企業ではなく、参加条件つきで公開された産業主導の研究体制である。かつ日本側は同一領域に補正予算による案件を持つ。排他ではないため消去せず、着手済であるため「進行中」とした。
第二に、教育の制度接続である。公募案件にミシガン大学、マサチューセッツ工科大学、南カリフォルニア大学が名を連ねている以上、学術側の接点は成立している。他方で、政府主導の招聘教授の経路は使用されていない。両者は同じ「教育」の語で括られるが、層が異なる。
なお、設備・ヤードの判定には動きがある。2026年8月の大統領覚書は、80年以上ぶりとなる第5の公共海軍造船所の設置計画を命じた。立地、ドライドックの構成、資金調達の手法はいずれも計画の段階にあり、外部の関与の余地は現時点では判断できない。判定は据え置くが、120日以内に提出される計画の内容によって変わりうる。
消去の結果 28領域のうち、政策要求の担い手と経路が固定されていない領域は、部品・素材、自律運航の標準、計測、標準船型設計の四群である。空き方は同じではない。部品・素材と標準船型は供給の不足、自律運航は前例の未接続、計測は手法の未確定によって空いている。
4-5層別の占拠状況
以上を産業OSの三層に配置したものが図4-1である。商船と艦艇・官公庁船で条件が異なるため、二つの面に分けて示す。
出所:America’s Maritime Action Plan(2026年2月)、各社公表資料、政府公表資料をもとにLONGNOW作成。占拠の性質は参入条件の有無に基づく定性判定であり、市場シェアでも実測値でもない
図から読み取れるのは、三つの形である。
第一に、二つの面で形が異なる。艦艇・官公庁船の面では、下二層が濃く塗られ、日本の列は空白である。商船の面では、下層に空きが残り、日本の列に二つの位置がある。両者を一枚に重ねると、この差は消える。
第二に、日本の形である。商船面において、インテリジェンス層とプラットフォーム層に位置を持ち、インフラストラクチャ層に対米実体がない。上を持ちながら下がない形は、他の三勢力には見られない。
第三に、白地の列である。ここに並ぶのは漠然とした余地ではなく、名指しできる品目である。主機・減速機・推進軸・プロペラ・大型鍛造鋳造品・高張力鋼の米国内供給。自律運航船の規制標準。経済安全保障メトリクスと船員需給の計測。いずれも行動計画自身が必要性を述べながら、担い手と経路が固定されていない領域である。
【語の定義】 不活性象限 構造として有望でありながら、いずれの主体も着手していない領域を指す。競争の結果として空いているのではなく、参入の手段が確立していないために空いている点に特徴がある。
第5章
三つの空白
前章で確定した白地は、同じ理由で空いているのではない。本章はまず空き方を三つの類型に分け、そのうえで主要な三つの空白を取り上げる。
白地という一語のなかには、性質の異なる三つの状態が混在している。表5-1に整理する。
表5-1 白地の三類型
| 類型 | 意味 | 本稿の例 |
|---|---|---|
| 供給ギャップ | 供給者は存在するが、量、冗長性、国内化が不足している。行動計画が「単一供給者依存の低減」「第二供給者の創出」と書く領域 | 大型舶用機関、減速機、鍛造品、高張力鋼。標準船型の設計体系 |
| 接続ギャップ | 能力や前例は存在するが、米国の制度への接続経路がない | 日本の自律運航の実装と承認 |
| 計測ギャップ | 誰が何をどう測り、どの基準で判定するかが未確定 | 投下資本利益率、可動船員プール、経済安全保障メトリクス |
出所:LONGNOW作成
この区別によって、白地は「無人の土地」ではなく、政策の再建のなかでまだ役割分担が確定していない空間として読める。以下、三つの空白をこの類型に沿って述べる。
5-1第1の空白 ―― 部品・素材層(供給ギャップ)
行動計画の第4の柱が名指しした重要部品は、大型舶用機関、減速機、推進軸、プロペラ、鍛造品・鋳造品、高張力鋼、先進電子機器である。行動計画は「供給者がいない」と書いているのではない。単一供給者への依存が国家安全保障上の脆弱性であると認識し、第二供給者を創出するためのベンダー資格認定と活性化助成を提案している。この層の白地は、供給の不在ではなく供給の集中と不足による。
ただし内実は商船と艦艇で異なる。艦艇側の推進系や大型鍛造品には米国の供給者が存在し、問題は集中である。商船用の大型低速主機については、米国内に製造事業者が存在しない。同じ供給ギャップでも、前者は第二供給者の創出、後者は供給者の新設という異なる課題になる。
この層が空白である理由は構造的である。ヤードは資本で取得できるが、大型鍛造プレスと、熟練した鋳造・機械加工の工程知は資本では取得できない。年産20隻の建造能力を得ても、主機と減速機は依然として調達するほかない。複製に十年単位を要する障壁がここにある。
ただし、空白の内実は品目によって異なる。舶用機器については、米国内に供給者がほとんど存在しない。他方で船舶用厚板については、米国内に供給者は存在する。日本の事業者が2025年に米国の大手鉄鋼事業者を取得したことで、日本の所有下にある米国の製鉄能力は生じたが、当該事業者は厚板を製造していない。「米国内に供給者がいない」のではなく、「日本が保有する米国の供給者は、この品目を作っていない」というのが正確な記述である。第6章6-5で扱う。
素材については、行動計画の「船舶資材を米国製とする」という文言が決定的な意味を持つ。素材が「米国製でなければならない対象」に位置づけられた瞬間、素材供給者は定義の内側に入るか外側に置かれるかで扱いが分かれる。位置づけを与えるのは素材の性能ではなく、標準と規制の記述である。
米国側の対応は、2026年8月の大統領覚書で一段進んだ。潜水艦修理の産業基盤について、新規部品を受け入れ旧部品を再生する部品修理センターの設置が命じられ、主要な潜水艦各級について少なくとも1隻分の予備装備を保持することが求められている。ただしこれは在庫と再生の措置であり、供給者を創出する措置ではない。白地の判定は変わらない。
日本側では、船体が特定重要物資に指定され、船舶関連機器の供給網強靭化に対する補助が置かれている。ただしこれは国内の供給体制に関する施策であり、米国の政策空間における位置づけとは別の層に属する。前章の判定で日本側を「国内施策のみ」としたのは、この区別による。
5-2第2の空白 ―― 自律運航の標準層(接続ギャップ)
行動計画の規制緩和セクションは、大統領令が命じていない領域として自律運航船の規制ギャップ分析を独立の小節で展開した。列挙されたギャップは9領域に及ぶ。
表5-1に、行動計画の記述と、日本側で確認できる到達点を対照する。
表5-2 自律運航の規制ギャップと日本側の到達点
| 行動計画が列挙したギャップ | 日本側の到達点 |
|---|---|
| 自律レベルの定義・分類が現行規制に存在しない | 自動運航船として船舶検査を実施する運用が成立 |
| 遠隔操作者の資格、管制センターの設計・認証、複数船監督時の作業負荷基準が不在 | 陸上支援センターを2拠点体制で設置。複数船の同時航行支援を実施 |
| 航法判断の検証手順、遠隔操作者と乗組員の責任等価性、通信規格が不在 | 衛星回線と携帯電話回線の併用による運航を実施 |
| 救命・避難・消火・捜索救難・汚染対応が乗組員の存在を前提としている | 公表資料からは確認できない |
| 試験・認証・承認の経路、遠隔検査、指定試験海域での試験、結果報告の標準が不在 | 船種の異なる4隻について検査合格。新造船と既存船改造の双方を含む |
| サイバーセキュリティ標準が自律性を考慮していない | 公表資料からは確認できない |
| センサー冗長性・多センサー融合・代替航法のフェイルセーフ基準が不在 | 周辺認識、将来挙動予測、避航計画策定の統合運用を実施 |
| 事故時の法的責任帰属が未定義で、保険が設計できない | 損害保険会社2社がコンソーシアムに参画。制度としての責任帰属は未整備 |
| ガバナンス、省庁間調整、インフラの整備状況。連邦と州の管轄の分断、外国建造の自律船に関する法的不確実性、国際的整合の欠如 | 国の船舶検査として一元的に承認。国際的整合については公表資料からは確認できない |
出所:America’s Maritime Action Plan(2026年2月)、および無人運航船プロジェクト参画各社の公表資料をもとにLONGNOW作成。右欄は日本国内における運用の記述であり、米国規制への適合を示すものではない
左欄の9領域は、いずれも「標準が存在しない」という記述である。定義権の四つの層でいえば、語彙・承認・認定・レジストリの全4層が空位であることを意味する。
右欄で確認できるのは、米国が制度化しようとしている論点の一部について、日本国内には船舶単位の実装と承認の前例があるという事実である。制度のギャップを埋めたのではない。遠隔操作者の資格制度、管制センターの一般認証、サイバーセキュリティ標準、責任帰属の法制は、実証や保険会社の参画によって整備されたことにはならない。前例があるのは、定義と承認という上位二層に相当する第1行と第5行であり、それは船舶単位の前例である。
第9行に注意を要する。行動計画が最後に挙げたのは技術ではなく、連邦と州の管轄、外国建造の自律船の法的位置づけ、国際的整合である。これは本稿の第2の白地が技術の不足ではなく制度接続の不足であるという読みを、行動計画自身が裏づけている箇所である。
ここに、他の白地と性質の異なる非対称がある。部品・素材層の白地は、供給者が世界のどこにも十分にいないために空いている。計測層の白地は、手法そのものが存在しないために空いている。これに対し自律運航の標準層は、実装と承認の前例が一国に存在しながら、その前例が米国の政策空間に接続されていないために空いている。
なお、生産ラインの自動化と、運航の自律は別の層である。前者は第4章でみたとおり産業主導の研究体制と韓国勢が動いている領域であり、後者は行動計画が自ら開けた穴である。両者を一括して「ロボット化」と扱うと、この差が消える。韓国については、2026年7月に発表された5年間の韓米共同研究に自律運航が課題として含まれており、着手は確認できる。承認の実績は確認できない。
5-3第3の空白 ―― 計測層(計測ギャップ)
序章と第1章で示したとおり、行動計画は三つの数値を示していない。納税者にとっての投下資本利益率の指標、現在の有資格船員数と必要追加船員数、カーゴ・プリファレンス比率引き上げの費用便益である。
この欠落の重さは、行動計画が掲げる船隊拡大の構造から導かれる。海事保安計画60隻、タンカー保安計画20隻、そして戦略商業船隊の新設。いずれも船員の供給に律速される。船を造っても、乗る人間がいなければ動かない。にもかかわらず、必要船員数という律速要素の数値が、本文を通じて一度も示されていない。
同じ構造が生涯価値にも現れる。行動計画は予備船隊について予測モデルによるライフサイクルコストと再資本化選択肢の精緻化を求め、産業基盤について投資対効果で測定すべきと述べるが、測定手法そのものは提示していない。
本稿の枠組みでは、生涯価値を初期価値と維持価値と成長価値の積として捉える。和ではない。政府調達において「建造費が安い」ことと「生涯価値が高い」ことは別の指標であり、後者を測る手法を持つ主体が、実質的に調達の判断基準を規定する。
この層には、公開情報上、担い手が現れていない。日本側にも、対米に向けた着手は確認できない。三つの白地のうち、日本側の関与がまったく記録されていないのは、この層だけである。
ここで一つの命題を置く。まだ共通の測定方法が固定されていないものについては、最初に広く採用される測定方法を設計した主体が、その後の判断基準に大きな影響を持つ。結章で用いる短い言い方は、この命題の圧縮である。
5-4副次の二つ
主要な三つの空白に加えて、性質の異なる二つを記録しておく。
第一は標準船型の設計プラットフォームである。行動計画は繰り返し「成熟した商用設計またはモジュール設計を用いよ」「実績ある商用モデルを活用せよ」と述べている。2026年8月の大統領覚書は、これを一段進めた。覚書に基づく各事業において、海軍が成熟した親設計に反復的な設計変更を課すことを禁じ、親設計からの変更には戦争長官の承認を要するとしたのである。海軍海洋システム司令部の改革目標にも同じ趣旨が置かれた。推奨から禁止への移行である。
設計を凍結する制度が入るほど、凍結に耐える設計体系を持つ側の位置は強くなる。しかし、系統的な標準船型の体系を持ち、それを設計パッケージとして供給できる主体は確認できない。韓国勢が持ち込んでいるのは液化天然ガス運搬船やコンテナ船といった個別船種の設計であり、標準化の思想体系ではない。
第二は教育の制度接続である。行動計画は二国間交流協定について、教育連携の枠組みであると同時に「民間部門から投資コミットメントを引き出す有用な機構でもある」と明記している。教育の名を持つが、性格は産業政策である。米労働省の国際造船フェローシップは、この経路を実装したものである。提携先として挙げられているのはカナダ、フィンランド、イタリア、日本、韓国等であり、先に動いたのがフィンランドであるにすぎない。
日本側では、公募案件を通じた大学間の接点が生じている。他方で、政府主導の招聘教授の経路は使用されていない。教える側に立つことは、技能の定義に関与することである。学術の接点と、制度としての招聘は、同じ「教育」の語で括られるが層が異なる。
本章の位置づけ 本章は空白の所在と、それが空白である理由を記述するにとどめる。どの空白に向かうかは、投資の時間軸と許容できる不確実性によって変わり、本稿の射程の外にある。
第6章
定義が能力を上書きする
6-1主機の二層構造
大型商船を動かす低速2ストロークエンジンには、設計する主体と製造する主体が別々に存在する。設計を保有する側はライセンサーと呼ばれ、製造する側はライセンシーと呼ばれる。ライセンシーは設計図と技術指導を受け、自社の工場でエンジンを組み立て、対価としてロイヤルティを支払う。
出所:海事専門紙の生産・シェア分析、各社公表資料をもとにLONGNOW作成。上層の箱の幅はシェアの概念的表現であり、厳密な比例ではない。実測値ではない
この構造は、資本が届く層と届かない層の違いを示している。ライセンシーの側は、工場を建て、設備を導入し、人を雇えば増やせる。実際に増えてきた。ライセンサーの側は、型式という基準そのものを保有しており、生産量では動かない。
設計する者は造らない。造る者は設計しない。この分離が固定したのは、設計の側が図面ではなく型式という基準を保有したからである。
6-2能力は無傷のまま、優位が消える
行動計画は「米国建造の定義を時間をかけて厳格化する」ことを明示的な政策として掲げた。船舶資材を米国製に限定し、修繕関税の抜け穴を封鎖し、供給者能力の成長に合わせて定義を締めていくという記述である。
これが意味するのは、建造層の上に「適格性を定義する層」が新たに形成されつつあるということである。
階層降格命題は、統合能力が損なわれないまま競争優位が消える現象を記述する。年20隻を建造できる能力を獲得しても、その建造物が定義から外れれば、能力は無傷のまま価値を失う。能力指標は正常を保つため、当事者にとって認識が遅れる。
定義は、能力を持たない側が持つ側に対して行使できる、非対称な手段である。第2章でみたとおり、韓国が投じた1,500億ドルは実行の中枢に向かった。実行の中枢は強力であり、規制で囲われた層への参入権を実際に取得した。だが実行の中枢は、失われれば戦略全体が止まる一点そのものではない。米国海事政策におけるその一点は、建造能力ではなく、米国建造船とは何かを決める権限にある。
6-3定義権の四つの層
定義権の構造は四つの層で捉えられる。語彙、承認、認定、レジストリである。語彙は何を記録するかの欄を定め、承認は適合の線を引き、認定は誰が適合を判定してよいかを決め、レジストリは全件の対応表を保有する。米国建造船をめぐって、この四つがどこにあるかを図6-2に示す。
出所:America’s Maritime Action Plan(2026年2月)、米国政府の公表資料をもとにLONGNOW作成。概念図であり実測値ではない
語彙は行動計画と立法によって定まる。承認は海事局と沿岸警備隊が行う。認定については、米国において誰が船級として適合を判定してよいかを決めるのは沿岸警備隊である。レジストリは、海事保安計画の適格船リスト、海事プロスペリティ・ゾーンの指定、連邦調達の役務製品コード、通商代表部の例外リストとして存在する。四つすべてが米国内にある。
本稿の枠組みでは、四層指数を乗法として定義する。外国事業者がいずれか一層にも関与できなければ、他の三層でいかに実績を積んでも指数はゼロに向かう。これは指数の定義から導かれる性質であり、実際の影響力がゼロになると述べるものではない。外交協議、業界団体、標準委員会、共同研究を通じた間接の影響は残る。指数は、政策関与の完全性を見るための目安である。
ここで、認定の層について注意を要する。第3章で確認したとおり、日本海事協会とAmerican Bureau of Shipping は同一の公募案件に参加している。だがこれは、双方がそれぞれの制度において既に適合判定を担う立場にある者どうしの共同研究であって、米国が誰を適合判定機関とするかの決定に関与する行為ではない。認定の層とは、判定を行う力ではなく、判定してよい者を決める力である。
したがって、四つの層のいずれについても、日本側の接点は確認できない。
とくに承認については、行動計画自身が経路を用意している。第3の柱は「同盟国と造船のベストプラクティスを協議し、関連するモデル評価基準を候補者選定に組み込め」と明記している。調達の評価基準の設計に外国が関与しうる、行動計画中で唯一の明示的な経路である。この経路は使用されていない。
6-4二つの読み
前節までの記述は、行動計画の条文に即したものである。条文は米国と外国を明確に分ける。米国建造、米国製資材、米国籍船。境界は二値であり、同盟国という中間項は置かれていない。
ただし、同じ政策について異なる読みが並行して存在する。米国の当事者による説明では、対立軸を米国と外国のあいだにではなく、米国とその同盟国からなる圏と、それ以外のあいだに置く枠組みが語られる。とくに商船部門については、この枠組みで論じられることが多いとされる。
二つの読みは、本稿が扱う事実のどちらとも整合する。条文は前者を支持する。他方で、覚書に基づく作業部会が政府間で運営され、公募案件に米国の大学と造船所と船級が参加している事実は、後者を支持する。
本稿はいずれが優勢になるかを述べない。述べうるのは、どちらの読みでも同じ帰結が導かれるという一点である。前者であれば、定義の内側に入るために定義形成に関与する必要がある。後者であれば、圏の境界を画定する作業そのものが定義形成であり、やはり関与を要する。関与しない場合の帰結だけが、二つの読みで一致している。
6-5買収は反復する
第2章で述べた買収提案は、2026年8月11日に非拘束的提案として公表された段階にある。取引はデューデリジェンスの段階にあり、対米外国投資委員会、国防保安局、独占禁止当局の審査を要する。本稿は成否について述べない。
記述として確認できるのは、買収の対象が回を追って機微な領域へ移動していることである。年産1隻のヤードを1億ドルで買い、50億ドルを投じる。次に、原子力潜水艦モジュールを製造するヤードに12億ドルを提示する。買われているのは製造の能力ではなく、規制の内側に立つ資格である。
ヤードは資本で取得できる。取得できるということは、次の買い手によって上書きされうるということでもある。1年半のうちに次の買収対象が現れた経緯が、この性質を示している。
さらに2026年8月の大統領覚書は、この移動を制度の側から規定した。外国事業者が米国内に造船所を新設するか、既存造船所の所有もしくは過半数持分を取得することを、艦艇建造への参入条件として明文化したのである。買収は選択肢ではなく要件になった。詳細は第7章7-2で扱う。
同じ構造は、造船以外の買収にも現れる。2025年6月、日本の鉄鋼事業者が米国の大手鉄鋼事業者を買収した。米国政府が重要な経営判断に拒否権を持つ枠組みのもとで承認された取引である。以後、方向性電磁鋼板の生産技術の移転や、圧延設備・製鉄設備への大規模投資が公表されている。
この買収により、日本の事業者は「米国製」という定義の内側に立つ資格を取得した。だが取得したのは会社であって、品目ではない。買収された事業者は、2003年に厚板ミルを手放して以降、薄板・ブリキ・管材の会社である。公表されている投資計画にも厚板設備の新設は含まれていない。船舶用厚板は、この会社が作っていない製品である。
素材位置命題の観点でいえば、境界の内側に入ること自体は達成されている。しかし、行動計画が「船舶資材を米国製とする」と述べたときの資材に、この取得は届いていない。定義の内側に立つことと、定義が指す品目を供給できることは、別の条件である。
本章の結論 買収の対象は、規制が囲った層へ順に移動している。だが型式設計の層は、この移動の外にある。低速2ストローク主機の型式設計権が資本によって移動した事例は、確認できる限り1件にとどまる。
第7章
国家としての選択
本章は、これまでの記述から導かれる選択肢の構造を整理する。特定の行動を推奨するものではなく、選択肢がどのような条件のもとに置かれているかを記述する。
7-1建造層で競う場合の条件
もっとも直接的な選択は、韓国と同じ土俵——米国内のヤード取得と建造能力の構築——に立つことである。この選択が置かれている条件は三つある。
第一に、規模の差である。韓国は総額1,500億ドルを約束し、単一施設に50億ドルを投じた。日本の官民1兆円は国内建造能力の倍増を主目的とする資金であり、対米投資に振り向けられる部分は限定される。
第二に、時間の差である。韓国は2024年12月にヤード買収を完了し、2026年8月の時点で15のプロジェクトが稼働している。同じ経路をいまから辿る場合、先行者が確立した関係と実績の上に重ねることになる。
第三に、層の性質である。ヤードは資本で取得でき、取得できるものは次の買い手によって上書きされうる。建造層は複製可能な層である。
7-2フィンランドモデル ―― 漏出の制度化
2026年8月の大統領覚書は、外国事業者が米国の艦艇建造に関与する経路を、条件つきで開いた。合衆国法典第10編8679条(b)に基づき、外国造船所での建造を禁じる一般規定の免除を、最大3船級について認めるものである。
モデルとされたのは、2025年10月9日の米国とフィンランドとの中型砕氷船建造に関する覚書である。対象となる船種は、対潜戦・水上戦・船団護衛を担う水上戦闘艦と、洋上補給用の統合貨物補給タンカー、そしてロールオン・ロールオフ船である。
免除を受けるための条件は四つである。
表7-1 フィンランドモデルの四条件
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| 資本 | 米国内に新たな造船所を建設するか、既存の米国造船所の所有もしくは過半数持分を取得すること。最初の2隻より後のすべての船を米国の造船所で建造すること |
| 労働 | 米国の造船所のために、米国市民の労働力を雇用し訓練すること |
| 技術 | 母国の造船所で用いる専有の建造技法および技術を、米国の造船所にライセンス供与すること |
| 供給網 | 米国の造船所における全船の建造と整備について、米国のサプライチェーンを構築すること |
出所:National Security Presidential Memorandum(2026年8月13日)第3条(a)をもとにLONGNOW作成
免除の認定は、個別の建造契約が上記条件を満たすかどうかについて、戦争長官が国家安全保障上の判断として行う。認定は議会に通知され、通知から30日を経なければ契約を締結できない。
この構造を、三つの角度から読む。
第一に、数量である。母国で建造できるのは最初の2隻までである。この2隻は、能力の空白を短期に埋めるための橋渡しとして位置づけられている。受注の総量に対して母国建造の比率は逓減するのではなく、上限が定数で与えられている。
第二に、技術の移転である。漏出命題は、能力が接触面から漏出することを述べる。ここでは移転が接触の副産物ではない。専有の建造技法をライセンス供与することが、参入の条件として明文で置かれている。受注の対価が建造知能の移転であるという構造が、条文の形をとった。
保護対象命題の観点からは、何を渡し何を渡さないかの境界が問題になる。条文は「専有の建造技法および技術」とのみ記し、範囲を特定していない。範囲を交渉で定めるのであれば、定める側の交渉力は、契約が進むほど低下する。移転が完了に近づくほど、母国建造の根拠が薄くなるためである。
第三に、認定の性質である。免除は資格ではなく、個別の判断である。船級ごとに、契約ごとに認定を要する。継続的な地位を得る仕組みではない。
なお、覚書は同じ条項の中で、通商合意において約束された資金を米国の海事産業基盤への投資に振り向ける計画の策定を命じている。策定には商務長官、運輸長官、海事局長官、海軍長官が関与する。投資の約束と、艦艇調達への参入条件とが、一つの条文の中に並置されている。
ただし、覚書が示したのは行政の方針であり、資金の充当を定めるのは議会である。2027会計年度国防授権法について、下院は2026年7月22日にH.R.8800を216対212で可決した。同法案第1025条は、初期の戦闘艦を外国の造船所で建造する調達に資金を用いることを禁じる。
この分岐は推論ではない。行政管理予算局が2026年7月21日に下院へ発出した政策表明は、第1025条に強く反対する旨を明記する。理由として、沿岸警備隊の中型砕氷船計画で最初に用いられた「フィンランドモデル」に従って米国の造船所へ長期投資が行われている最中であること、および行政の立法提案と整合しないことを挙げる。その立法提案とは、海軍が水上戦闘艦2隻と非戦闘の補助艦2隻を外国の造船所で建造する契約を結べるようにする権限である。
同じ政策表明は、海事行動計画の法制化については強く支持する旨も述べている。行政と議会が全面的に対立しているのではない。対立しているのは外国ヤードの扱いに限られる。
上院側はS.4784を軍事委員会が2026年6月15日に報告したが、7月14日の採決で本会議への動議に対する討論終結が成立しなかった。記録投票第195号、50対46である。その後も動議が繰り返されているが、審議に向けた手続きは進んでいない。両院協議会は設置されていない。
したがって、免除の仕組みは既存法に備わり、行使の方針も示されているが、個別の調達に資金が充てられるかは確定していない。仕組みがあることと、方針が示されたことと、資金が充てられることは、それぞれ別の段階である。
本節の観察 本稿がここまで記述してきた構造は、いずれも観察であって予測ではない。だが2026年8月の覚書は、その構造の一部を条文として書いた。移転を条件とする参入は、いま制度である。
7-3行動計画が用意した制度経路
前節の経路とは別に、行動計画が明示的に用意している関与の経路がある。表7-2に整理する。現況欄は第3章で確定した日本側の実行状況を反映する。
表7-2 行動計画が明示する対外関与の経路
| 経路 | 行動計画における位置 | 現況 |
|---|---|---|
| 候補者選定への評価基準の組み込み | 第3の柱「同盟国と造船のベストプラクティスを協議し、関連するモデル評価基準を候補者選定に組み込め」 | 未使用。承認の層への唯一の明示的入口 |
| 同盟国ヤードとの共同研究 | 第4の柱「モジュール・ロボット建造技術の研究開発において同盟国のヤードと提携せよ」 | 使用中。公募案件にゼネラル・ダイナミクスNASSCO、ニューポート・ニューズほか米国造船事業者4社が参画予定 |
| 二国間交流協定 | 第2の柱「国務省が同盟海事国の産業界・学術界との交流枠組みを支援しうる」 | 学術側は接点あり。政府間協定としては未使用 |
| 国家海事奨学金 | 立法提案/大統領令第13条(c)(iii)「同盟国の専門家を招聘し米国の教育機関で教授させる」 | 未使用。フィンランドが別経路で先行 |
| ブリッジ戦略 | 第1の柱「複数隻契約の初期数隻を外国ヤードで建造し、並行して米国ヤードへ資本投資を行い、最終的に建造を移管する」 | 2026年8月の覚書により、艦艇調達において四条件つきで行使方針が示された(7-2)。資金面では下院可決法案に制限条項 |
| 船舶建造管理者モデル | 第3の柱・第4の柱「補助艦艇の調達に最大限適用せよ」 | 米国商業船主が担う想定 |
出所:America’s Maritime Action Plan(2026年2月)、Executive Order 14269、海上技術安全研究所の採択結果公表資料(2026年3月)をもとにLONGNOW作成
6経路のうち、性質が他と異なるのは第1行である。他の5つが投資・建造・教育という実体を伴う関与であるのに対し、これは評価基準そのものの設計に関わる。調達において何を評価するかが決まれば、誰が選ばれるかの範囲が決まる。
第2行にも注記を要する。同盟国ヤードとの共同研究は、BRIDGE事業の公募案件を通じてすでに使用されている。ただし、その共同研究が向かっているのは建造の生産性という層であり、評価基準という層ではない。使用中であることと、どの層に効かせているかは別の問題である。
第5行のブリッジ戦略は、前節で述べたとおり、2026年8月の覚書によって艦艇調達において具体化した。表の記載は行動計画の段階のものである。
【語の定義】 漏出命題 能力は接触面から漏出するという観察を指す。技術提携や共同生産は、成果と同時に移転を生む。何を渡し何を渡さないかの境界を先に定めない場合、時間の経過とともに交渉力が単調に低下する。
7-4日本が現に持っている位置
第3章と第6章で確認した事実を、位置として整理し直す。
表7-3 日本が保有する層と、保有していない層
| 層 | 状況 |
|---|---|
| 主機の型式設計 | 世界に3社しかないライセンサーの1社が日本企業。海外の主要な製造事業者は、この日本企業のライセンシーでもある |
| 次世代燃料の型式設計 | アンモニア燃料エンジンおよび水素燃料エンジンの開発が進行中。国の基金による支援を受けている |
| 自律運航の実装と承認 | 日本財団「MEGURI2040」第2ステージにおいて、船種の異なる4隻が自動運航船として船舶検査に合格。陸上支援センターを2拠点体制で運用 |
| 船級規則 | 日本海事協会が国際船級協会連合の加盟協会として活動。登録船腹は世界の船級登録商船の約2割。世界各地に検査網を持つ |
| 生産技術の共同研究 | BRIDGE事業として補正予算150億円で14件が進行中。ミシガン大学、MIT、南カリフォルニア大学、米国造船事業者4社、American Bureau of Shipping が参画予定 |
| 米艦の整備修理 | 三菱重工業が米海軍の USS Miguel Keith の定期オーバーホールを横浜で実施(2025年、5か月)。横須賀における修繕は十数年の蓄積 |
| 標準船型の設計思想 | 長期にわたり標準船型を競争戦略の中核に据えてきた蓄積 |
| 整備が予定されている能力 | 造船業再生基金により8件の供給確保計画が認定(2026年9月)。最大助成額約3,110億円、官民合わせた投資額9,000億円規模。現に保有する能力ではなく、投資により整備が予定されている能力である |
| 米国内の物理実体 | 対米ヤードなし。舶用機器および船舶用厚板の米国内供給網なし |
| 制度文書における位置 | 行動計画本文に具体的枠組み名の記載なし |
出所:各社公表資料、政府公表資料、海事専門紙報道をもとにLONGNOW作成
上から七行と下から二行のあいだに、明瞭な断絶がある。設計・規則・整備・研究という上位の層には位置を持ち、米国内の物理的実体と制度文書上の記載を持たない。
第3行に注意を要する。ここに記した承認実績は、米国の政策空間の外で成立している。行動計画が「標準が存在しない」と述べる9領域に対して、日本国内には前例がある。だがその前例は、米国側の語彙にも承認にも名簿にも登録されていない。持っていることと、接続されていることは、別の事実である。
7-5二つの流れを一つの循環として見る
本稿はここまで、設計・建造の流れと、就航後の運航・修繕の流れを分けて記述してきた。前者を動脈、後者を静脈になぞらえる見方である。
整備・修理の実績において、日本は先行している。韓国の米艦整備は現在も非戦闘艦にとどまる。横須賀における十数年の蓄積と、大型艦の定期オーバーホールの実績は、静脈側の資産である。
ただし、この非対称を「動脈側で競う代わりに静脈側を選ぶ」という択一として読むのは、この見方の趣旨に反する。動脈と静脈は一つの循環であって、代替関係にはない。
循環として設計された実例が、すでに存在する。BRIDGE事業の採択案件のうち、Noahlogy、内海造船、新来島どっく、商船三井らによる2次元図面の読み取りを前提とした設計支援システムの開発は、構造化した修繕実績データを新造設計に還流させることによる設計最適化を掲げている。静脈から動脈へ戻る流れである。自律運航の実証において、新造船と既存船改造の双方が承認を得たことも、同じ構造を持つ。
生産の効率だけを対象としても、運航の効率だけを対象としても、輸送全体の効率には到達しない。造船と運航を一つの流れとして整理する視点は、欧州においても米国においても意識されている論点である。行動計画がデジタルツインと生涯価値の予測モデルを並べて要求しているのも、この文脈で読める。
7-6選択の構造
本稿の観察を一つの命題にまとめると、こうなる。資本で取得しやすい層では、すでに先行者の配置が進んだ。残っているのは、資本だけでは短期に代替しにくい能力と、まだ政策上の担当・標準・評価方法が固定されていない接続層である。
この命題のもとで、選択は次の四つの条件に置かれている。
第一に、資本で取得しやすい層は埋まりつつある。ヤード、建造実行体制、規制で囲われた市場への参入権。これらは2024年末から2026年半ばまでの1年半で急速に取得された。
第二に、資本だけでは短期に代替しにくい層は空いている。部品・素材、自律運航の標準、計測。いずれも行動計画自身が必要性を述べながら、担い手と経路が固定されていない。空いている理由は競争の結果ではなく、買収という手段だけでは埋まらない構造にある。
第三に、艦艇建造への参入経路は、条件つきで開かれた。ただしその条件には、米国内への資本投下と専有技術のライセンス供与が含まれる。買えない層に向かうのとは、性質の異なる経路である。
第四に、日本はすでに上位の層に位置を持ち、その一部は対米の実行にも接続されている。ただし接続の向かう先は建造の生産性という層であり、評価基準を定める層ではない。行動計画が用意した6経路のうち、承認の層への唯一の入口は使用されていない。
第7章の記述 本章は選択肢の構造を記述するにとどめる。どの選択が望ましいかは、投資の時間軸、許容できる不確実性、他分野との資源配分によって変わり、本稿の射程の外にある。
結章
期日のない期限
本稿が扱った政策には、多くの期日がある。
2026年10月12日、覚書第2条の計画期限。11月11日、第3条および第5条の計画期限。12月11日、第4条および第6条の計画期限。いずれも大統領への提出期限であり、内容が公表される保証はない。
2027会計年度国防授権法は、下院が2026年7月22日に可決した一方、上院は本会議の審議に入れていない。両院協議会は設置されていない。民間商業貨物への米国船優先要件が成立するかは、この審議の帰趨による。2026年11月9日、通商法301条措置の停止期限を迎える。延長、修正、終了のいずれかが選ばれる。2027年前半、2027会計年度予算の議会審議が行われる。海事保安信託基金の14億ドル、海事保安計画の60隻、タンカー保安計画の20隻が実現するかが決まる。2028年4月17日、停止対象外である301条の付属書が発効し、米国産液化天然ガス輸出の1%を米国籍・米国運航船で輸送する義務が始まる。
いずれも日付が定まっており、備えることができる。
本稿が最後に指摘するのは、日付の定まっていない期限である。
行動計画は「米国建造の定義を時間をかけて厳格化する」と述べた。時間をかけて、とのみ記し、期日を示していない。何をもって米国建造とするか、資材のどこまでを米国製とするか、修繕のどの範囲を国内に限るか。これらは議会の投票日のように予告されて訪れるのではなく、規則の改正と運用の積み重ねによって、いつのまにか確定する。
本稿の結論 期日を持たない政策は、関与しなければ、関与しないまま確定する。反対する機会も、修正を求める機会も、明示的には訪れない。
接続は、すでに始まっている。覚書があり、作業部会があり、補正予算による共同研究があり、米国の大学と造船所と船級が案件に名を連ねている。
したがって、残る問いは接続の有無ではない。その接続を、どの層に効かせるかである。
建造の生産性に効かせることは可能であり、現にそう設計されている。生産性は測れる。工期が短くなり、人手が減れば、成果は数字で示される。他方、評価基準の設計に効かせた場合、成果は数字で示されない。何が「米国建造」と呼ばれるかという定義の一行に、関与の痕跡が残るだけである。
序章で述べた欠落に戻る。行動計画は、いま動員できる船員が何人いるかを書いていない。2017年の推計を更新してもいない。投下資本利益率をどう測るかも決めていない。
これらは計画の不備である。同時に、その領域が空いていることの証拠でもある。数えられていないものは、誰かが数え始めた時点で、その誰かのものになる。指標を設計する主体は、その指標で評価される事業の採否に影響を及ぼす。
海事産業において、これは目新しい話ではない。船級協会は船体の安全性を測る規則を書くことで、100年以上にわたり産業の判断基準を規定してきた。測ることと決めることは、この産業では同じ行為の両面である。
主機の型式設計が世界に3社しか存在しないのも、同じ構造の帰結である。設計する者は造らない。造る者は設計しない。分離が固定したのは、設計の側が図面ではなく型式という基準を保有したからである。
買えない層とは、そういう層のことである。
付
出典と限界
出典の範囲
本稿は2026年10月9日時点で確認可能な公開情報に基づく。主たる出典は次のとおりである。米国側——Executive Order 14269(2025年4月)、America’s Maritime Action Plan(2026年2月、本文35ページ)、National Security Presidential Memorandum「Rebuilding the United States Navy and America’s Shipbuilding Industrial Base」(2026年8月13日)、連邦官報、行政管理予算局「Statement of Administration Policy: H.R. 8800」(2026年7月21日)、合衆国法典第10編8679条、議会調査局の立法動向分析、米国政府各機関の公表資料。日本側——国土交通省の報道発表および審議会資料、海上技術安全研究所の公募・採択公表資料、各社および各団体のプレスリリース。両国共通——海事専門紙の報道および集計。
本稿の記述は、いずれも各社の現在の市場地位を評価するものではなく、また現在進行中の競争について帰結を断定するものでもない。
個別の留保
第1章の判定について。行動計画に収録されていないことは、当該成果物が作成されていないことの証明ではない。省庁内部での提出有無は公開情報から確認できない。
第6章の主機に関する記述について、本稿は事業者名を記載していない。ライセンサーが3社であることおよびシェアの帰属は海事専門紙の集計に依拠する判断であり、一次公表資料に固有名の記載がある事項とは出所の性格が異なるためである。本稿は、一次公表資料に固有名の記載がある事項は実名で、集計・推計・シェア帰属に関わる事項は事業者名を伏せて記述する方針をとる。
第2章の産業主導の研究体制について。本稿は公募・採択の公表資料および専門紙報道に基づいて記述した。当該枠組みへの日本企業または在米日本法人の参画実績は、本稿の調査範囲では確認できなかった。第4章で「入場条件つき開放」と判定したのは参加要件の記述に基づくものであり、実際の参画可否を確認したものではない。
第2章の買収提案について。2026年8月11日に非拘束的提案として公表された段階にあり、デューデリジェンスおよび規制当局の審査を経ていない。本稿は提案の存在を記述するにとどめ、成否については述べない。
第3章の採択案件について。共同実施等関係予定企業として公表されている機関は、事業開始時点の予定であり、実際の参画範囲および契約関係を示すものではない。表3-1の分類は本稿による整理である。
第3章および第5章の自律運航について。船舶検査の合格は日本国内の制度に基づくものであり、米国規制への適合を示すものではない。表5-2の右欄は運用の記述であり、行動計画が列挙したギャップの充足を主張するものではない。
第5章および第6章の鉄鋼事業者の買収に関する記述について。技術移転として公表されているのは方向性電磁鋼板、データセンター向け鋼板、自動車用鋼材および管材であり、船舶用厚板は含まれない。厚板設備を保有しない旨は同社の設備売却の経緯に基づく。将来の設備構成の変更について本稿は述べない。
第6章の定義権の四つの層について。層の呼称および定義はLONGNOW BUSINESS REVIEWの既刊に拠る。第三層を「誰が適合を判定してよいかを決める力」とする定義に従い、適合判定を行う機関どうしの共同研究は当該層への接点として扱わない。
第1章1-5および第7章7-2の覚書に関する記述について。覚書は計画の策定を命じるものであり、計画の内容は本稿の作成時点で公表されていない。表1-2の期限は署名日からの日数に基づく算定である。免除の対象となる船級および事業者は決定されていない。
第7章7-2の立法に関する記述について。H.R.8800第1025条の条項番号と趣旨は、行政管理予算局の政策表明により特定した。条文本体との照合は終えていない。国防授権法の条項番号は年度ごとに異なる内容を指すため、本稿の記述は2027会計年度のものに限られる。
第3章3-1の造船業再生基金について。9月11日認定の5件の内訳および累計額は、各社公表資料および専門媒体の報道に拠る。国土交通省の一次公表資料との照合は終えていない。
第4章の判定について。占拠の性質は参入条件の有無に基づく定性判定であり、市場シェアでも実測値でもない。商船と艦艇・官公庁船の区分は、行動計画の記述および調達制度の一般的な差異に基づく本稿の整理であり、両者にまたがる領域を「両」とした。
第2章の韓国に関する記述について。ハンファのフィリー造船所への投資額および雇用計画、SHIPS法の条数、造船業再生ロードマップの目標値、海事局の予算要求額は、海事専門紙および二次報道に拠り、本稿の作成時点で一次資料との照合を終えていない。
序章の船員数について。13,607人・11,768人・1,839人は2017年の海事労働力作業部会の推計であり、海事局長官の2023年5月の議会証言で引用された値である。以後の更新推計は公表されていない。
第6章の主機に関する記述について。低速2ストロークのライセンサーが3社であること、および1社が8割超のシェアを保持することは、海事専門紙の集計による。シェアは生産台数を基準とするか出力を基準とするかで大きく異なるため、本稿は順位の記述にとどめ、数値の比較は行わない。
第6章の二つの読みについて。同盟国を含む圏として政策を捉える枠組みは、米国の当事者による説明として言及されるものであり、政策文書上の規定ではない。本稿はいずれが優勢になるかを述べない。
図1-2、図6-2は概念図であり、権限関係および実測値を表さない。図6-1の上層の幅はシェアの概念的表現である。
未解消の事項
以下は本分析時点で公開情報から確定できなかった。
第一に、日米造船作業部会の第2回以降の開催状況と議題。第二に、造船ワーキンググループの非公表資料(第2回資料10、第3回資料3および資料4)の内容。官民投資ロードマップの正式版は2026年7月21日の日本成長戦略において公表されている。第三に、産業主導の研究体制への外国事業者の参画実績。第四に、行動計画が求めた三軍別・項目別の優先順位付きリストの提出有無。第五に、大統領令に基づく北極戦略文書の存在。第六に、BRIDGE事業の後続枠組みの有無。同事業は補正予算を原資とし、実施期間は約1年間である。第七に、2026年8月の覚書が命じた五つの計画の内容および公表の有無。第八に、2027会計年度国防授権法の審議の帰趨、とくに外国ヤードの扱いをめぐる両院の差異。第九に、通商法301条の海事分野の措置について、11月9日を前に告示が出るか否か。第十に、H.R.8800第1025条の条文本体。第十一に、S.4784における同盟国ヤード活用権限の条文。
査読
本稿は刊行に先立ち、複数の専門家の査読を経ている。査読を通じて指摘された事実関係の欠落は本文に反映し、判定の枠組みに及ぶ指摘は第4章の判定体系および第6章の記述に反映した。査読者の氏名および所属は記載しない。
利益相反の開示
本稿の作成主体である LONGNOW 株式会社は、日本の造船事業者に対して助言業務を提供している。本稿が言及する BRIDGE 事業の採択案件および日本財団「MEGURI2040」第2ステージの参画機関には、当該事業者およびその関係会社が含まれる。本稿の記述はいずれも公表資料に基づくものであり、非公開情報を含まない。また、特定の事業者の利害を代表するものではない。
図表一覧
| 番号 | 名称 | 所在 |
|---|---|---|
| 図1-1 | 執行状況マップ ―― 大統領令の条文と行動計画の対応 | 第1章 1-2 |
| 図1-2 | 執行主体の三つの枠 | 第1章 1-4 |
| 表1-1 | 命じられた測定と、返された回答 | 第1章 1-3 |
| 表1-2 | 覚書の指示事項と期限 | 第1章 1-5 |
| 表2-1 | 砕氷船11隻の配分 | 第2章 2-2 |
| 表3-1 | 対米連携が明示された採択案件 | 第3章 3-2 |
| 表3-2 | 自動運航船として検査に合格した4隻 | 第3章 3-3 |
| 表3-3 | 日本の対米海事関与(2026年8月時点) | 第3章 3-4 |
| 表4-1 | インフラストラクチャ層の8領域 | 第4章 4-2 |
| 表4-2 | プラットフォーム層の11領域 | 第4章 4-2 |
| 表4-3 | インテリジェンス層の9領域 | 第4章 4-2 |
| 表4-4 | 消去の結果 | 第4章 4-4 |
| 図4-1 | 白地マップ ―― 層別・区分別の占拠状況 | 第4章 4-5 |
| 表5-1 | 白地の三類型 | 第5章 冒頭 |
| 表5-2 | 自律運航の規制ギャップと日本側の到達点 | 第5章 5-2 |
| 図6-1 | 低速2ストローク主機の二層構造 | 第6章 6-1 |
| 図6-2 | 定義権の四つの層と、日本側の接点 | 第6章 6-3 |
| 表7-1 | フィンランドモデルの四条件 | 第7章 7-2 |
| 表7-2 | 行動計画が明示する対外関与の経路 | 第7章 7-3 |
| 表7-3 | 日本が保有する層と、保有していない層 | 第7章 7-4 |
図表番号は刊行規定に従い、章番号と連番で構成する。
