2026年7月、Pew Research Centerが世界の発電構成の長期推移を6枚の図にまとめた短報を公開した。よく整理された入門資料である。だがそこに掲載された一枚の図は、記事本文が論じていない事実を静かに示している。太陽光パネルの価格推移だ。
01 128ドルが0.26ドルになった50年
1975年、太陽光パネルの平均価格は1ワットあたり128.27ドルだった。2024年、それは0.26ドルになった(いずれも2024年実質ドル)。50年で99.8%の下落である。
この数字は通常「再生可能エネルギーの勝利」として語られる。だが産業構造の観点から読み直すと、まったく別のことを言っている。標準品としての発電設備を造る競争が、事実上決着したということだ。効率や耐久性、タンデム化をめぐる技術開発はいまも続いている。だが標準的な結晶シリコンモジュールについては、価格で差をつける余地がほぼ消えた。
LONGNOWの産業OS理論は、資産の生涯価値をLCV=A×B×C(A:初期価値、B:維持力、C:成長力)として定義する。パネル価格の99%下落とは、A値が構造的にデフレしたということにほかならない。造る技術の優劣で差がつく余地が、50年かけて削り取られたのである。
命題 Aが縮む産業では、価値はBとCが担うしかない。造る競争が決着したとき、競争の重心は「使う」側へ移動する。
これはLONGNOWがDual Loop Architectureにおいて「静脈優先原則」と呼んできた構造そのものだ。造船でも、製造装置でも、ラグジュアリーホスピタリティでも同じ非対称性が観測されてきた。エネルギーは、その最も極端な事例である。

図1 パネル価格の崩落と発電量の立ち上がり(1975–2025年)
出典:IRENA (2025), Nemet (2009), Farmer & Lafond (2016) via Our World in Data;Ember, Yearly Electricity Data(CC-BY-4.0)をもとにLONGNOW作成
02 2025年に越えた閾値
では「使う側」の競争は、いつ始まったのか。同じ記事のデータが答えている。
2025年、世界の発電量に占める太陽光は8.76%、風力は8.55%。合計で約17%に達した。この17%という水準には意味がある。VRE(変動性再生可能エネルギー)の比率が10〜20%台に入ると、多くの系統で柔軟性の課題が顕在化しやすくなる。律速要因が「発電容量が足りるか」から「時々刻々の需給を合わせられるか」へ移り始めるからだ。ただし単一の水準で急に切り替わるわけではない。顕在化する比率は、系統の柔軟性・市場設計・連系状況によって異なる。発電所を建てても、それを受け止める制御と柔軟性がなければ、電気は捨てられる。
さらに象徴的なのが中国である。2025年、中国の太陽光発電量は1,175TWhとなり、風力の1,135TWhを初めて上回った。風力は夜間も発電するが、太陽光は昼間に集中する。太陽光が主役に立つということは、昼間の余剰と夕方の急峻な立ち上がりが構造として固定されるということだ。
つまり閾値の通過は、将来予測ではない。2025年の実績データの中に、すでに写り込んでいる。

図2 中国:太陽光が風力を追い越した年(2000–2025年)
出典:Ember, Yearly Electricity Data(CC-BY-4.0)をもとにLONGNOW作成
03 発電構成という単一断面
Pewの記事が扱っているのは「どの電源から何パーセント」という一枚の断面である。電源構成を理解するには優れた資料だが、競争条件はこの断面の外側にある。
断面の外にあるものを列挙すれば、次のようになる。
・需給制御と市場運用——どの資源をいつ動かすかの決定
・蓄電——価値を時間軸上で移送する手段
・需要応答——需要側を可変資源として扱う設計
・電化——EV・ヒートポンプ・データセンターが牽引する新しい需要
これらはいずれも「発電設備を何台持っているか」では測れない。運用(Operation)の領域である。産業OS理論の三層構造でいえば、インフラ層(計量・通信・系統)の上に、プラットフォーム層(市場・取引)と知能層(最適解の定義)が積み上がる領域にあたる。
知能層の支配とは、その産業における「最適解の定義権」を自社が持つことを意味する。何が正しい意思決定かを定義できる者が、ルールメーカーになる。
04 「保有ではなく運用」は誤りである
ここで、実務の議論で頻出する言い回しを一つ訂正しておきたい。
「これからは発電設備の保有ではなく、運用最適化が競争力になる」——この命題は半分正しく、半分誤っている。誤っているのは、保有を不要と読ませてしまう点だ。産業OS理論のフラクタル構造論が指摘するのは、むしろその逆である。
ソフトウェア専業のプレイヤーが取得できるのは、クラウドに上がった段階ですでに加工・圧縮された「抽象化後のデータ」に過ぎない。インバータが系統擾乱に反応した瞬間の制御ログ、風車のピッチ角が突風に応答した瞬間の値——こうした物理制御の一次データは、物理資産を保有する者にしか原理的に取得できない。
命題 保有それ自体は価値ではない。保有は一次データを取得するための必要条件だが、十分条件ではない。保有者と事業者が分かれる領域では、保有者の同意・機器の接続性・制御を届ける経路という三つが揃って初めて、経路が開く。競争力を生むのは、この三条件を設計として確保し、運用イベントデータを設計側へ還流させる構造である。
これは造船で観測してきた構造と同型である。引き渡した後の運航データが次世代の船型設計に戻るとき、初めて動脈と静脈がひとつの学習システムになる。発電事業者も同じ問いの前に立っている——あなたの設備が生んだ運用データは、次の投資判断に還流しているか。
05 エネルギー固有の制約
ただし、産業OS理論をエネルギーにそのまま持ち込むことはできない。この産業には二つの固有条件がある。
第一に、電気は貯蔵できない。生産と消費が同時でなければならないという物理制約は、他の多くの産業にはないものだ。蓄電池はこの制約を緩和するが、解消はしない。
第二に、送電網は規制下の自然独占である。こちらが決定的だ。産業OS理論の中核には「ルールを設計する者が、造らずして最大の利益を得る」という命題がある。しかしエネルギーでは、ルールの相当部分を規制当局と系統運用者が法令として書いている。「最適解の定義権」の一部は、はじめから市場プレイヤーの手が届かないところにある。
したがってエネルギー産業における産業OS戦略は、「定義権を奪う」ではなく「定義権が公的に保持された領域の内側で、知能層をどこに置くか」という設計問題になる。この留保を置かない議論は、実務家には届かない。
06 説明ではなく、検証として
最後に、本稿の立場を明確にしておきたい。LONGNOWは、産業OS理論がエネルギー産業を「説明できる」と主張するつもりはない。むしろエネルギーは、この理論の未検証命題を試す最良の実験場である。
検証されるべき命題は一つだ。中国は太陽光パネル・風力タービン・蓄電池・EVというクリーンテック領域で、世界最大の製造国かつ輸出国になった。これはCreation層の完全な制覇である。この製造の支配は、Operation層——運用・制御・最適解の定義——の支配に転化するのか、しないのか。
理論が正しければ、転化は自動的には起きない。造る力と、使い方を設計する力は別物だからだ。転化には、静脈から動脈へのデータ還流構造を意図的に設計するという、別の営みが要る。今後10年、この一点を観測すれば理論の当否は判定できる。
そして日本には、別の問いがある。主要国・地域のうち、2000年から2025年にかけて発電量が減少したのは日本だけだ。マイナス6%。他がすべて増えるなかでの減少である。

図3 地域別・発電量の増減率(2000→2025年)
出典:Ember, Yearly Electricity Data(CC-BY-4.0)をもとにLONGNOW作成
ただし、この減少局面はすでに終わりつつある。国の長期需要想定は、近年になって「減少継続」から上方へ反転した。データセンターと半導体工場の新増設、そして電動車と産業の電化が、20年ぶりに需要を押し上げると見込まれているからだ。
電力需要が伸びない国では、発電設備をめぐる競争そのものが縮小均衡に入る。だが日本はいま、その縮小均衡に新しい需要が戻ってくるという、稀な局面に立っている。そしてこの新規需要は、発電所を建てるという問題としてではなく、すでに存在する膨大な設備と系統をどう運用し、そこで生まれるデータをどこへ還流させるかという問題として現れる。
造る競争が終わったあとに何が競争になるのか。それは、造ったものをどう使い続けるかを設計する力である。
本コラムは Pew Research Center「How global energy production is changing, in 6 charts」(2026年7月20日)および同記事が依拠する Ember「Yearly Electricity Data」(2026年6月版・CC-BY-4.0)を素材とし、LONGNOW産業OS理論書 v6.1 第5〜7章の枠組みに基づいて執筆しました。図版はすべて元データからLONGNOWが独自に作成したものです。日本の需要見通しは電力広域的運営推進機関(OCCTO)および資源エネルギー庁の公表資料を参照しました。
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