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【連載|第2回:インダストリアルOSの時代――2035年のルールメーカーになるために】マッキンゼーの「勝てるアリーナへ乗り換えよ」は空論か――日本製造業を救う、同一産業内の『垂直登攀』戦略

【連載|第2回:インダストリアルOSの時代――2035年のルールメーカーになるために】マッキンゼーの「勝てるアリーナへ乗り換えよ」は空論か――日本製造業を救う、同一産業内の『垂直登攀』戦略

LONGNOW  BUSINESS  REVIEW|【連載:インダストリアルOSの時代――2035年のルールメーカーになるために】


第2回:マッキンゼーの「勝てるアリーナへ乗り換えよ」は空論か――日本製造業を救う、同一産業内の『垂直登攀』戦略

本連載は、先行連載「何を数えるか」および接続稿の続編にあたる。本連載が扱うのは、資産の判定を終えた企業が、どこへどのように動くかである。判定の枠組みそのものについては、先行連載を参照されたい。


前回、我々は会計上の黒字に隠された「フラットランド(利益なき中間層)」の恐怖と、そこから抜け出すためには漸進的な改善(How)ではなく、戦う土俵の再定義(Where)が必要であることを論じた。

「どこで戦うか(Where to Play)」が業績の50%を決定する――。この戦略論において、世界最高峰のコンサルティングファームであるマッキンゼーは、明快な処方箋を提示している。彼らの主張はこうだ。「より大きな利益プールが存在する、成長産業(アリーナ)へ自社のポートフォリオを移行せよ」

マッキンゼーは、EV、クラウド、バイオ医薬品など、世界の経済的利益の多くを説明する「アリーナ産業」を特定し、「勝てるアリーナ(業界)を選べ」と説く。資本の論理としては、これ以上ないほど正論である。

しかし、日本を代表する製造業や重厚長大企業のCEO/COOであるあなたに、敢えて問いたい。「数十年をかけて蓄積した工場、世界に誇る熟練技術者、そして顧客との強固な信頼関係というアセット群を今すぐ放棄し、明日からAIやバイオのアリーナに乗り換えることは、本当に現実的なのだろうか?」

純粋な金融資本の再配置論としては正しくとも、組織の現実としては空論に近い。日本企業が直面している真のジレンマは、「勝てるアリーナへの乗り換え(水平移動)」が、自社のアイデンティティとコア資産の全否定を意味するという点にある。

LONGNOWは、このジレンマに対して全く別の次元の回答を提示する。それは、産業間の水平移動ではなく、同一産業内における「付加価値の階層(レイヤー)」を垂直に登り詰める、『垂直移動(Change Position inside the Industry)』という戦略である。


1. 「産業の乗り換え(水平移動)」が日本企業にもたらす悲劇


マッキンゼーの分析によれば、タバコ産業の12社中9社がパワーカーブの頂点に位置する一方、製紙産業では20社中1社も頂点に届かない。この過酷な産業間格差を背景に、彼らは「平均的な産業の偉大な企業」よりも「偉大な産業の平均的な企業」を目指せと促す。

だが、この論理を愚直に実行しようとした日本の伝統的大企業が、いかに悲惨な結末を辿ってきたかを我々は知っている。本業の利益を原資に、自社のドメインとは無関係な「成長IT分野」の企業をM&Aし、あるいは畑違いの新規事業に巨額の投資を投じたものの、組織の免疫系に拒絶され、PMI(買収後の統合)に失敗し、最終的には巨額の減損処理を余儀なくされる――。

既存の技術基盤やアセットを廃棄して別の業界へ飛び移る「水平移動」は、日本企業にとってあまりにもリスクが高く、実行可能性が極めて低い。我々が守り、活かすべきは、長年培ってきた「作る力」そのものなのだ。


2. LONGNOWが提唱する「垂直移動」:同じ土俵の上位フロアを占拠せよ


LONGNOWのインダストリアルOS戦略は、日本企業が持つ圧倒的な「作る力」、すなわちCOE(Center of Execution:実行能力)を廃棄することを求めない。むしろ、そのCOEの卓越さを前提条件(入場資格)として高く評価する。

変革の本質は、業界を変えることではなく、同一産業内における立ち位置(ポジション)を変えることである。

かつてPC産業において、IBMやコンパックなどのハードウェアメーカーは「世界最高水準のPCを製造する実行能力(COE)」を競い合っていた。しかし、最終的にその産業の利益プールを独占したのは、ハードウェアのコモディティ化を見越し、その上位レイヤーである「OS(オペレーティングシステム)」という産業のルール(COG:Center of Gravity)を設計したマイクロソフトであった。彼らはPCの製造工場を1つも持たずに、PC産業の支配者となった。

今、すべての製造業・重厚長大産業において、これと全く同じ階層分離(レイヤー化)が起きている。

造船会社は「鉄の箱を組み立てる工場」へと格下げされるリスク(下位侵食)に直面し、自動車OEMは「ソフトウェア定義型自動車(SDV)」の知能層をNVIDIAやGoogleに簒奪され、「鉄とゴムを組み合わせる下請け」に転落する危機にある。

垂直移動とは、上から侵食してくるプラットフォーマーと、下から猛追してくる新興国の「量×安さ」の間に圧縮されている利益空間から脱出し、自らの手で今いる産業の上位知能レイヤー(OS)を設計・占拠する戦略にほかならない。

ただし、一つ条件を置かねばならない。上位であることと、産業の詰まりどころであることは、別である。供給が実際に詰まっていない層は、いくら上位にあっても価格決定権を生まない。上位レイヤーを取ること自体が目的化すれば、保有はしているが何も生まない資産が増えるだけである。占拠すべきは上位層ではなく、律速にある層である。この判定については、先行連載および接続稿を参照されたい。


3. 「作る力(COE)」を「産業OSへのデータパイプライン」として再定義する


では、具体的にどうやって垂直移動を果たすのか。その第一歩は、自社が誇る最高品質のハードウェアや製品を、「売り切る成果物」ではなく、「産業OSに最もリッチな一次データを供給する、最高品質の『端末(センサー)』」として再定義することである。

例えば、コマツの建機(LANDLOG)やジョン・ディアのトラクター(Operations Center)を見よ。彼らは「優れた機械を作る力(COE)」を極限まで磨き続けながら、その機械が現場で動いて初めて生まれる「現場の正解データ(Ground Truth)」を独占的に収集するデータパイプラインを構築した。

クラウド上の抽象化されたデータしか持たないBig Techは、工事現場の土質や、農地のリアルタイムな収量といった「物理的な一次データ」を自ら生成する手段を持たない。

日本企業が持つ圧倒的な製造能力と現場との接触点こそが、デジタル大手が複製できない一次情報の源泉となる。ただし、接触点を持つことと、それが優位になることは同じではない。検査は一行で足りる。そのデータ供給を止めたとき、困るのは顧客か、我々か。顧客が困るならば依存が生じている。我々だけが困るならば、それは高価な設備投資にすぎない。

自社の強みを「モノづくりの品質」という1次元の平面で捉えている限り、コモディティ化の重力からは逃れられない。しかし、そのモノを「時間を設計するための知能インフラの入り口」として再定義した瞬間、御社はフラットランドから上位層へと垂直に突き抜ける切符を手にする。


4. CEO/COOへの次代のアジェンダ


マッキンゼーの「勝てるアリーナを探せ」というアドバイスに従い、自社のアセットを放棄して見知らぬ戦場へ漂流する必要はない。それは日本企業の強みを自らドブに捨てるようなものだ。

今、経営トップであるあなたに求められているのは、組織を危険なアドベンチャーに巻き込むことではなく、自社が長年命を懸けて守ってきた「土俵」を冷徹に観察し、その最上階(産業OS)を自らの手で建築する決断である。

「御社のハードウェア(製品)は現在、単に引き渡されて終わる『鉄の塊』か。それとも、2035年の産業OSを支配するための、最も優秀な『データパイプラインの端末』として設計されているか。」

土俵を変えるな。立ち位置を垂直に変えよ。




次回予告(第3回)

「『最高の製品を作る者』から『産業の規則を書く者』へ――利益の重力中心(COG)を掌握する二正面の経営」

垂直移動を果たしたフロントランナーたちに共通する、価格形成権とデータフローを完全に掌握する「COG(戦略的重心)」の支配ロジックを解剖します。



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